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吉田戦車全体に公開
2008年05月26日02:05
MUTO by BLUは、現実空間の中にアニメ(アニマ)を持ち込んだのがすごいところなんだけれど、しかしよく考えてみると、僕らがびっくりして見ているのは、現実の壁や道じゃなくて、YouTubeという枠の中だというところがミソなんじゃないだろうか。現実空間に出向いたとして、そこに見えるのは壁に張り付いている風変わりな作者と静止した絵だけだ。

この吉田戦車の不朽の名作も、驚きの正体はMUTOと同型だ。永井均さんの本にも出てくるが、なかなかこのマンガのすごさは言い尽くせない。

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吉田戦車『伝染るんです。1』 1990 (小学館文庫 P.70)

コメント

中村理恵子2008年05月26日 08:02
>吉田戦車『伝染るんです。1』 1990 (小学館文庫 P.70)

 これ、当時、札幌に住む、たまたま吉田さんというおにゃごとの文通でしりました。びっちりいつも絵を描きこんでくる手紙に、何時の頃からか、吉田戦車の影響がっ?!
 
MATANGO2008年05月26日 08:35
おお!あの傑作がいっきによみがへり....。
さういへば映画「英雄」で、秦の始皇帝が文字を統一する前、書家といふのは
できあいの文字をうまく書くのでなく、いちいち新しい文字をつくる人のことだった(たぶん...)と知って驚愕....。
もっとも古代中国の書家は、アタマから血など流しておらず,,,、
大いばりで華麗に舞いながら「はじめての文字」を書いとりましたが...。
安斎利洋2008年05月26日 12:30
この作品は、文字を作るとか、新しい言葉を作るところに面白さがある、というふうに思うわけだけれど、本当のすごさは違うところにあって、

文字を作り
発音を与えられている
にもかかわらず、僕らの頭の中には
なんの発音も残らない

ここがMUTOの秘密に通じているのだと思うわけです。
にしの2008年05月26日 17:54
普段は、絵と文字はごく近いもので音は少し遠いと思いこんでる。
ヒエログリフが絵による神がかりななにかをあらわしているのではなく、
単なる表音文字だ、ああそれでよかったのかと気づいたときの驚きが
このマンガにはあるのかなと。ただし逆向きですが。

最後の転結で、
メディアの限界に挑戦したふりをし、それが面白いように見せておいて、
じつは単に限界を明らかにしただけという確信犯的思考が面白い。
ということでしょうか。

でも、
「W」がダブルユーなのだし、
このマンガの発音は鏡に向かってくびをかしげて「ミ」と叫べば良いような気がしてしかたありません。
miyako/玉簾2008年05月26日 20:20
吉田戦車はシュールですね。『伝染るんです。』は、人気があって仕事場の本棚で一番バラバラになるのが早かった本。随時古本屋で買い足していますから、他のシリーズもたくさん揃っています。次にバラバラになったのは「じみへん」。

吉田戦車の俳句も好きです
http://www.1101.com/sensha/2003-08-28.html

彼は勝手な季語もどんどん作ってて楽しいです♪
安斎利洋2008年05月27日 00:08
>じつは単に限界を明らかにしただけという確信犯的思考が面白い。
>ということでしょうか。

そう、ゲーデルのような暴き方を感じます。
「ふきだし」がなんら絶対的な音声を代理しているわけじゃないことを明らかにすることで、マンガそのものの不完全性をマンガであらわしている、とでも言うか。

>鏡に向かってくびをかしげて「ミ」

鏡に向かって「ス」も混ぜないといけないような気もするし。
安斎利洋2008年05月27日 00:17
>一番バラバラになるのが早かった本。

ばらばらにしてカードにして読もう!
Hiro2008年05月27日 05:15
ばらばらにしたら、シートフィーダー付きスキャナ行きです(笑)。
ikeg2008年05月27日 10:32
吉田戦車の面白さが、発音できないのにそれを受け取ってしまう「こっち」にあることはわかるが、それとMUTOに通じるものがあるかなぁ。遠い意味では2重フレームだけど、MUTOを面白いと思う人が、そのまま吉田戦車も同じように面白がるだろうか。
メンタルスタッフ2008年05月27日 11:53
このマンガもMUTOも、確かに、いろいろ深読みを誘うところがありますね。

「リアル(現実の世界)があってのバーチャル(表現の世界)」という従属関係が意表を突く形でひっくり返されているところに、反逆の面白さを「感じ」てしまうのかな。。。
安斎利洋2008年05月27日 13:35
>ikegさん

たとえば実写合成のCGのリアリティも、手を伸ばすと触れそうなのに触れられない、という意味じゃいっしょなんだけど、フレームの外から見ているだけだから、一瞬面白いけれどそれだけの話。

MUTOは、手を伸ばすと触れそうなのに触れられない、というだけじゃなくて、最初から最後まで見えない描き手のことをずっと考えさせ続けます。

吉田戦車の方も、声がありそうなのに声がないという隙間に加えて、マンガ自体をおちょくっている、ということを考えさせる。

両方とも、フレームの段差を同じ空間で演算しちゃってるところに、くすぐられるんじゃないかと思うんですよね。
安斎利洋2008年05月27日 13:50
>「リアル(現実の世界)があってのバーチャル(表現の世界)」という従属関係が
>意表を突く形でひっくり返され

どんなに映画に没入しているときでも、この従属関係が崩れることはないんだと思います。にもかかわらず、無意識の方では、リアルとバーチャルはまったく平等に関係しあっている。従属関係が壊れるほうが、無意識にはしっくりくるんだと思います。
ikeg2008年05月28日 00:56
どちらも、シミュレーションでは描けない側面なので、いいですね。それ以上に安斎コレクションのセンスの良さというべきか。どっかで話でもしたいですね。木曜日に荒川修作さんが駒場に来るんですが、29日の6時から。よかったら
きませんか? 正門はいって左の情報棟の4Fです。
安斎利洋2008年05月28日 02:04
ありがとうございます。地磁気が乱れそうなセッションですね。
29日は予定があるんですが、予定なんかあってていいのか‥‥

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