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サルトル全体に公開
2008年05月25日03:22
学校群制度がはじまったばかりの1970年の都立高校は、実験場だった。僕らの学校では、選択授業に「ユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学」があったり、倫理社会の授業がサルトルの『実存主義とは何か』の通読だったり、美術の課題が「構造主義」だったり。受験は自分で勉強しなさいということなので、東大合格者がどんどん減って、結局こういう空気は何年ももたなかったようだ。僕らの3年間は、たまたま奇跡的な数年に当たったらしい。

今日クラス会があって、担任だった70歳になる倫社の先生もいらっしゃった。級友の一人が、サルトルの本をもってきていた。先生は、障害者支援のNPO法人の理事長をしていて、「いまも女の人に興味あります」などと唐突に言う奇妙さは、昔のまま。

気づいたことは、どいつもこいつも教師も生徒も、その後きわめてワガママに生きているということ。サルトルのなせるわざかもしれない。

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コメント

中村理恵子2008年05月25日 06:11
>先生もいらっしゃった。
安斎さん、敬語つかえるじゃん。

>先生は、
>「いまも女の人に興味あります」などと唐突に言う奇妙さは、昔のまま。

本当の大人は、つい本当のこと迂闊にいってしまうような、へたな”構え”ってもんを覚えない人たちだと思うね。
若い人びとは、きっとそんな本当の大人を見逃しゃしない。


奇遇なんだけど、わたしも都立の新設校に通って、そりゃー面白い先生方が各方面から勇んで集った。さっき教壇に居た先生が、家に帰り着いてテレビつけると、3チャンネルにでてたりさ、八丈島からやってきて、生徒を苗字じゃなくて名前で読んじゃって、あら、24の瞳状態じゃん。っていうような親しみを感じさせたり。実験動物のカエルとしか話さないけど、研究者がやるような実験をどんどん進めて、めちゃくちゃ興味を深めてくれる先生いたり、ある日突然、ぴしゃりと古文の教科書を閉じて、「わたくし、明日から宝塚ファンクラブの事務局することになりました。」という先生いたり。

集まった生徒は平凡だったかもしれないけど、先生のラインナップは、今から思うとすごかった。というのを経験している。大変なんだけど、そんな学校の出発に立ち会いたいと思う先生方。その中の一人、担任の先生だった人が、後年、安斎さんたちの母校に赴任したんだと聞いた。
しかし、日記にもあるように、立ち上がりの蜜月期をすっかり終えてからだったようだけど。
奇遇だね。
TODO2008年05月25日 06:37
私は60年代の私立高校生だった。ユニークな先生(講師)と言う意味では面白かった。理由は講師陣が充実していることをウリにしていたので近くにあった教育大の先生達を多く抱えていたからだ。

彼らは受験にあまり関心が無いように見えた。殊に古文、漢文、東洋史の先生は印象に残っている。

だが、平凡で受験を向いていた生徒のどれだけが影響を受けたかは疑問だけれど。
大和田龍夫2008年05月25日 08:18
私服で通う都立高校のヒトを「大人だなぁ」と感心しながら眺めていました。たまたま住んでいた家の近くに42群の学校が2つあったこともあってよくその大人を見た記憶があります。
そして、どうやら、41群という(すごく)頭のいいヒトタチがタケハヤってところとコイシカワってところにいるらしい。という話をきかされていました。近所のお兄さんもそのすごく頭のいい学校に通うようになると殆ど見かけなくなるわけで、これは頭のいいヒトは早起きをするもんなんだとこれまた感心したものでした。

新設校ってのはいい先生を貰っていきますよね。
進化を遂げるためには「初期値」が大切なんで、経営側(教育委員会)も苦心するんでしょうが、その初期値を作り出せるそういう先生ってのも真っ黒に塗りつぶされたノートより真っ白なノートの方が気持ちいいんでしょうね。

アートの仕事をするようになって、何か欠けていると気がついたことがあってそれが「哲学」を全く知らないってことでした。哲学者の名前も殆どしらなくて、、、。大学の一般教養で「ベルクソン」をやられた時にパニックになってそれ以来喰わず嫌いになっていたようです。何度も学ぼうとしながら挫折をしていました。9年前に奈良に住んだ頃から仏教哲学とか神道とかにあるあの気配が少し喰わず嫌いから嫌いくらいに昇格したような(笑)
なさ 飛鳥井2008年05月25日 08:35
サルトルの『実存主義とは何か』ですか、懐かしいな。
僕は奈良の私立校でした。
先生にも恵まれていたし、面白い生徒も何人かいたものの、対人コミュニケーションに問題を抱えていて、交流がほとんどなかったのが後悔です。
でも、倫社の先生ってやっぱり何か持っている人が多いですね。
「必要ない」授業のボイコットとかしてて、良く卒業できたと思います。(笑)
うさだ♬うさこ2008年05月25日 10:48
高校時代のクラス会ってほとんど開催してないのですが、きっと楽しいでしょうねぇ。
私も70年代の高校生ですが、大学まで一貫校だったので、基本的にはのんびりしてました。
ほとんどの授業は選択制で、同じ科目でも、受験する人は受験コースの授業を受けるし、そのまま大学に行く人はのんびりコースの授業を受けるので、クラスが同じでも一緒に授業を受ける機会はあまりない人とかもいました。私は受験コースだったので、のんびりコースの人たちといっしょになるのは保健体育とかだけだったかな。でも、受験コースだからえばってる、みたいな人はいなかったですね。せっかくこの学校にきたのに受験なんて、変人だね、という雰囲気でした。

サルトルといえば、現国の先生と、その先生の自由研究クラスをとっていた友だちとかとさんざんあーだこーだといって読んでいた記憶がありますが、なんというか、とーっても気恥ずかしい記憶だったりします。

あっ、あとボーヴォワールの本を本棚に入れておいたら、母親が「こどものくせにこんな"性"なんていう文字の入った本を読むなんて」といって怒るので、脱力してしまった記憶とか、、、
あ っ こ2008年05月25日 12:29
あるところではサルトルといえば泥酔状態の最上級を指します!わはは
安斎利洋2008年05月25日 16:53
一瞬、↑このひとがたと同窓だった学校があったような錯覚におちいりました。

>担任の先生だった人が、後年、安斎さんたちの母校に赴任した

たぶん、わが母校の瓦解に巻き込まれた人ですね。もう、府立中学由来のよさをもった学校はどこにもありません。
安斎利洋2008年05月25日 16:57
>近くにあった教育大の先生達

うちの近くに教育大の寮があって、彼らは子どもとよく遊んでくれて、僕はものすごく影響されました。大学ってのは、そういうふうに地域の良き環境になるべきですね。
東大は、地域の自転車置き場になって困っているそうですが。
安斎利洋2008年05月25日 17:00
>アートの仕事をするようになって、何か欠けていると気がついたことがあってそれが「哲学」を全く知らないってことでした。哲学者の名前も殆どしらなくて、、、。

哲学がこれほど教育で無視されている時代も少ないですね。倫社で受験するやつなんていないし。哲学史なんか二の次でよくて、「哲学の実習」をやるべきですね。それってなにかっていうと、カンブリアンみたいなことなんですが。
安斎利洋2008年05月25日 17:06
>「必要ない」授業のボイコットとかしてて、良く卒業できたと思います。(笑)

なんだ、仲間だったのか。
卒業まぎわに、出席日数の不足を埋めるためにいろんなことをさせてもらいました。
安斎利洋2008年05月25日 17:15
>サルトルといえば、....
>なんというか、とーっても気恥ずかしい記憶だったりします。

>あるところではサルトルといえば泥酔状態の最上級を指します!わはは

きのう『実存主義とは何か』のはじめを読み返してみたんですが、やっぱ面白いです。サルトルが恥ずかしいとか、個人がなんだっての、みたいな時代をひととおりすぎてみると、やっぱりあの「実存は本質に先立つ」という覚悟は、胸にヒットします。
あ っ こ2008年05月25日 18:03
>やっぱりあの「実存は本質に先立つ」という覚悟は、胸にヒットします。

「覚悟」という言葉を選んだこと・・・そういう人が存在する時代に生きていることに私はなにやらムズムズします。

いや・・・モワァッとします・・かな?
あれ・・・モエェ〜〜っとしますかな?
う〜・・・モッコリってことばあったな?

哲学っておもうにいつの時代にだって発見されるためにそこにまっているある種の「質」に出会うための呪文(ひらけごま)のようなものではないのだろうか??と

だからいつだって彼ら(サルトルにかぎらず)ずっと続く長い旅路のある一点にいるに過ぎないことをだれよりも切実に自覚し覚悟していて発信したのだろうな〜・・・
安斎利洋2008年05月25日 18:16
>哲学っておもうにいつの時代にだって発見されるためにそこにまっている

科学は一方的に単調に進歩すると思われているけれど、科学もまた飛び石みたいなもんですね。知識はみんな飛び石だから、どこにも古いものはない。
うさだ♬うさこ2008年05月25日 20:59
うーん、私はサルトルさんが恥ずかしいなどという、恐れ多いことをいった
つもりはないのですが。

しかし、考えてみれば、高校生時代にサルトルの話をしたことがいくぶん
気恥ずかしい気がするというのは、ちゃんとサルトルを理解してなかった
ということでもあるので、おなじことかもしれないですね。
安斎利洋2008年05月25日 21:11
大ブームになったあと再評価されるまで「恥ずかしい期」を迎えるのは、ファッションでも思想でも、必然的にありますね。
ペコルン2008年05月26日 08:18
>学校群制度がはじまったばかりの1970年の都立高校は、実験場だった。
>僕らの3年間は、たまたま奇跡的な数年に当たったらしい。
>「いまも女の人に興味あります」などと唐突に言う奇妙さは、昔のまま。

よーするに、私たちの3年間は、これでもか!と倫社の実験をしかける担任と
個々がどーやって折り合いをつけていくかという、実験だったってこと。
各実験場のなかでもとりわけ哲学的な実験でしたねー。
安斎利洋2008年05月26日 12:45
>倫社の実験をしかける担任

後日「ぼくぁ、サルトルわからんよ」と、言ってました。わからんから教える、っていうのは確かに実験です。そういうところが、今から思うといい担任でした。
Mike2008年05月26日 22:29
サルトル、懐かしいですね。
でも、その後、一度も本を開かないのは、なぜだろう。

マルクスやエンゲルスもそうですね。あれは、一過性のはしかだったのか。

その点、ずっと読み続けられる古典、というのはすごいですね。

カミュだったら、もう一度読み直したいかも。
安斎利洋2008年05月27日 00:27
>カミュだったら、もう一度読み直したいかも

小説の言葉は、背後にある哲学の言葉よりも、普遍性を持ちますね。
哲学に先走ってしまった小説は、だからつまらない。
ペコルン2008年05月27日 00:59
ちょっと気になったんですが・・・
写真の本、当時の? いまだ健在? 全集だから別の本?
なんでこんなにもなんも覚えてないんだろう・・・
だから私はわがままじゃないのね。
安斎利洋2008年05月27日 01:22
当時の本の、カバーをとったむき出し状態です。
いま人文書院で出てるのは、たしかハードカバーだよ。

>だから私はわがままじゃないのね。

むき出しです。
ペコルン2008年05月27日 17:01
やっぱり当時の本なんだー! すごい!
さすが倫社受験の愛弟子! 居ないけれど天才!
今回も師弟ともに大遅刻組!!

↑ な〜るほど・・・
サルトルの授業は覚えてなくとも、
言うことは実存主義むき出しだわ〜、私。
なさ 飛鳥井2008年05月27日 22:55
サルトルの本、捨てちゃいましたね。
やっぱり恥ずかしかったのかな。(笑)

そういう意味ではニーチェも恥ずかしい。
安斎利洋2008年05月28日 01:43
>今回も師弟ともに大遅刻組!!

あとから来たほうは、誰が遅刻仲間かわかってない。
安斎利洋2008年05月28日 01:46
>そういう意味ではニーチェも恥ずかしい。

ニーチェといえば、何年か前「アンチクリスト」の現代語訳が出ました。
現代語っていうくらいだから、いままでの翻訳がいかに現代の言葉じゃなかったか、ってことなんだけど、ニーチェも恥ずかしい、っていうのはたぶんに翻訳のせいですね。

キリスト教は邪教です!
現代語訳「アンチクリスト」
講談社+α新書 246−1A
講談社

フリードリッヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ 著 適菜 収 訳 講談社 版
2005年04月 発行 ページ 181P サイズ 新書  840円(800円+税)
ISBN 978-4-06-272312-1 (4-06-272312-3) C-CODE 0210 NDC 190

http://www.junkudo.co.jp/detail2.jsp?ID=0105520275

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