安斎利洋の日記全体に公開

2005年02月03日
08:14
 知識虐待
長年知的所有権について考えてきて、土地やお金のように知識を人が所有している、というモデルにそもそも無理があると感じる。

たとえばここで、「知識」という架空の人格を考え、「知識」の権利ということを考えてみる。知識は、伝播したがっている。知識には街を往来する権利がある、というふうに考える。すると今度の判決は、「知識の拉致監禁」「知識虐待」を裁判所が手助けしているという風に見えてくる。
 

コメント    

2005年02月03日
08:54
みゆき
なるほど、、

面白いなあ.知識はドンドン、伝播されたがってる!!人間は
遺伝子をのせる入れ物だって考えのセルフイッシュ、ジーンの
考え方も好きだ。

まったくです!こういう考え方の変換は新鮮だ。
2005年02月03日
10:04
ユミ
みゆきさん、はじめまして!

>面白いなあ.知識はドンドン、伝播されたがってる!!

うん、コレは面白い。

>人間は遺伝子をのせる入れ物だって考えのセルフイッシュ、ジーンの考え方も好きだ。 

コレも面白いが、、、
竹内久美子から入ったもので、、、すみません偏頗です。
でも、セルフィシュジーンでくくるといろんな事が綺麗に解る。人格とかはこの場合無視されてるとこがサイコー面白いです。

知識も‘利己的な知識’とかぁ。

>「知識の拉致監禁」「知識虐待」を裁判所が手助け

100年後の人から焚書って言われたりして!
2005年02月03日
10:20
べてぃ☆
知識の拉致換金だったら許せるんですけどね、笑。

公立小学校で、先生にPCを教えるとき、いつも私は、
知識の虐待を受けてます。
しかも、
「だって、パソコン、嫌いだもん!」って、平気で言います。

おまえは教職だろが!と心の中で彼らの人格を虐待しているのは
私です。うふっ★

息子はお受験の危機をむかえつつある我が家でございます。
2005年02月03日
10:43
大富豪家2.0
お金を沢山所有することは、お金の本来の目的である流通の潤滑剤という機能を阻害することだから虐待であり、ペナルティを負わせるべきだという考え方もあるそうですね。地域通過のマイナス利子というのはこういう考えにもとづいており、実際経済的効果が高いそうです。
http://pitecan.com/Bookshelf/C1FDB0E6/4140804963.html

知識流通を阻害するような無用の「知的財産保護」はまったくやめてもらいたいものだと思います。
2005年02月03日
11:48
安斎利洋
なるほど、知識を死蔵すると損をする仕組があるといいんですよね。びすけっとさんが言っている、特許の維持に費用がかかるようにする、というのはそういう意図ですね。でも、大企業にとってはゴミみたいな金額だろうな。

今回のジャストvs松下については、「みなさん、この人は公園に家を建ててますよ」とふれまわったような結果になって、松下にとっては大きなマイナスだと思います。もう Let's Note 買うのやめた、なんて人もいるだろうし。
2005年02月03日
12:24
はらこ
>地域通過のマイナス利子

金とか不動産とか経済的価値が下がらない物に変換してしまうとか、逃げ道なんていくらでもあるしあんまり上手く機能するとは思えないですね。

うまく行っているように見えるのは、限定的につかっていたからで経済全体に取り入れてもうまく行くとは思えない。

友人から聞いた話だけど、中世のヨーロッパではキリスト教徒同士あるいはユダヤ教徒同士の金の貸し借りでは利息を取ることを禁止していたそうです。これはマイナス利子とは言わないまでもかなりそれに近い状態だったわけです。で、何が起きたかというと、キリスト教徒間あるいはユダヤ教徒間での金の貸し借りがおこなわれなくなり、キリスト教徒はユダヤ教徒(=ユダヤ人)に利息を払って金を借り、ユダヤ教徒はキリスト教徒に金を払って金を借りることになったんだそうです。そうなると、圧倒的に少数のユダヤ人のほうが受け取り利息の方が多くなるわけで、結果的にユダヤ人のほうが一方的に金を貸しているように見えるわけです。ベニスの商人に出てくるシャイロックなんかはそのユダヤ人の典型例ですね。
経済実態を無視した制度を作っても、どこかでほころびやひずみが生まれてしまうだけで、実のところ金持ちの方がそういった問題に対する対処が上手くて(だから金持ちになれるんだけど)、結局何も替わらないことが多い(あるいは以前より悪くなるか)。

お金というと特別なもののように見えるけれど、原理的には物々交換とくらべて大きな違いがあるわけではない(インフレとかも物々交換のアナロジーで簡単に説明できてしまう)。物々交換で取り入れられないルールをお金に取り入れてもうまく行かないと思う。
2005年02月03日
12:36
大富豪家2.0
> お金というと特別なもののように見えるけれど、原理的には物々交換とくらべて大きな違いがあるわけではない

米国の投機屋のためにアジアの経済が破綻したりするのは、現在のお金が物々交換とはまったく別物になってしまっているからです。地域通貨はお金を物々交換的な世界に制限するために有効ですね。
2005年02月03日
13:03
安斎利洋
お金はもともと、モノという有限の集合に対応しているのに、ヘッジファンドのようなバーチャルの入れ子を作ると、無限の集合ができちゃうから、うまくないんだと思うんです。

知識の権利にも同じことが言えて、知は無限だから、物々交換的な富の所有の仕組みとは相容れない。

むしろ、知はサービスである、と割り切って、音楽のライブみたいに揮発性の富にすると、すっきりするかもしれない。
2005年02月03日
13:04
はらこ
>米国の投機屋のためにアジアの経済が破綻したりするのは、現在のお金が物々交換とはまったく別物になってしまっているからです

別になっていないですよ。金融工学の本を読んでも何か怪しげな魔法が書かれているわけではない。お金に関する普通の常識が数学を使って精密に記述されているだけです。
ただ、そういった知識を最大限に使って行動しているグループとそうでないグループの間の競争力に差がでているだけのことです。
あるいは知っている者と知らない者の状況把握力の格差が生じているだけといってもいいのかもしれません。

ただ、経済規模が多くなるとその揺らぎによっておきるさまざまな影響も当然大きくなるのは当然で、それによる負の影響も大きくなっているのは確かですね。
それを人為的にコントロールすべきなのかあるいはコントロール可能なのかどうかというのはお金が特殊な物かどうかとは別な議論になるのだと思います。

私見としては、経済をある程度人為的にコントロールすること自体はかなり難しいとはいえ不可能ではないし可能な限り試みるべきだとしても、地域通貨の制度はそのための手段としてはあまりに稚拙だと思っています。
実態を見誤って出された処方箋は逆に有害である危険性すらあると思っています。
2005年02月03日
13:22
はらこ
ついでに、今回の裁判に関してですが、そんなに変な判決ですか?

現行法制度を厳格に適応すればあのような判決が出ても不思議はないのではないかと思います。

もし問題があるとすれば、現行制度のほうだろうと思うけど、それをいじるのは立法の役割で司法の役割ではないはず。

裁判官が個人の裁量で現行制度の運用を勝手に変えたら、法治国家ではなく裁判官による人治国家になってしまいます。どの裁判官に当たるかという当たり外れの問題も今より深刻になりますね。

非難の矛先を間違えていると思います。
2005年02月03日
13:24
大富豪家2.0
先進国における「お金に関する普通の常識」にもとづいたた取引が物々交換と同じである、というのは理解できませんが...

地域通貨にはどういう危険性があるのでしょうか?
2005年02月03日
13:33
安斎利洋
>変な判決ですか

変な判決だと思いますね。司法の常識の中でそれが変でないとしたら、文化が何百年かかけて負った低温やけどが、いま露呈したということなんでしょう。ちょっと鳥瞰してみると、まるで「三角関数は特許ですから使わないように」みたいなことを平気で言っているわけですから。

金融にしても、怪しげな魔法だと思います。誰かが何かを作る前に、何かの価値の何万倍もの商売が先行して済んでしまうわけだから。これが怪しく見えなくなってしまうところが、魔法にかかっていることの証拠です。
2005年02月03日
13:50
安斎利洋
びすけっとさんのところに、判決文へのリンクがあるけれど、

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=7863205

裁判官の理解に、深みがないとしか思えませんね。
2005年02月03日
14:15
はらこ
>地域通貨にはどういう危険性があるのでしょうか?

貨幣の供給量のコントロールが経済政策上重要であることはご存知ですよね。地域通貨の場合、そのコントロールがそれほど経済政策の理論に詳しくないアマチュアの手にゆだねられるのがひとつの危険性だと思っています。発行量を間違えたするとその地域だけ大インフレになる可能がありますね。日銀がこの点でパーフェクトだとは思いませんが、地域通貨の発行母体が日銀より優れているとは考えにくいと思います。その点では地域通貨が発行される地域はより稚拙な通貨政策にさらされることになります。これは、考えられる危険性のひとつで多分経済学のプロなら他にもいくつも問題点を指摘できるのではないですか。

現に日本でも神奈川のどこかの自治体が失敗していますよね。昔のソ連で自国の通貨がドルより信用がなかったように、その地域通貨はまったく機能しなくなりました。地域の経済が混乱するまでいかなかったのはそれほどのウエイトが地域通貨になかったからで、地域通貨に全面的に移行していたら地元の経済は大混乱だったと思います。

単純に言うと将来価値が0になる物は現在価値も0なので(ただし消費財はここでは議論の対象外)、マイナス利息の地域貨幣制度は商品と価値が0の物との交換を強要することになります。神奈川の自治体(どこだか忘れましたが)でおきたのはまさにこのような状況で、どこの店も地域通過での取引を拒否するようになり通貨として機能しなくなりました。誰も使わなくなる通貨が通貨だと思いますか?
2005年02月03日
14:22
はらこ
>裁判官の理解に、深みがないとしか思えませんね。

私は、深みのある裁判官の方がずっと怖いですけどね。
その深みが自分に有利な方に向いているのか、相手に向いているのか何時もびくびくしなきゃいけない。

今回の裁判は、現行の特許制度の問題点をあぶりだしたとは思いますが、それについて何かをできるのはあくまで立法であって司法の役割ではない。
だから、今回の問題をぶつけるべき先は裁判所ではなくて国会なんです。国会に対して制度を改めろとの声が上がるのなら大賛成なんですがね。

判決の主文は今度暇なときにでも読んで見ます。テクニカルな穴はあるかもしれませんね。
2005年02月03日
14:42
安斎利洋
僕は基本的にIT型アナキズムですから、こういうまともな意見はまったくダメです。
2005年02月03日
14:47
はらこ
私は制度のスケーラビリティーに興味があるので、この手の議論では多分安斎さんと話は合わないでしょうね。

小さなコミュニティでうまく行っているシステムがそのまま拡大可能なのかどうか?

その点では、爆発的に成長しているmixiは興味深い観察対象ですね。
2005年02月03日
15:34
匿名希望中・おーもり
知識欲に内外から制限が無くて、知識欲を満たす諸条件を揃えて持っていられることが、どんどん可能なら。
嬉しいのにな(ぼそっ)。

逸れてしまいました。
2005年02月03日
18:24
メンタルスタッフ
> ついでに、今回の裁判に関してですが、
> そんなに変な判決ですか?
> 現行法制度を厳格に適応すれば,
> あのような判決が出ても不思議はないのではないかと思います。

もう一度判決文を読んでみました。今回も一字一句ていねいに読み解いたほどではないのですが、昨日よりはちょっとは理解が進みました。なぜこのような(望ましくない)判決に至ったのかということについては、裁判官の法律運用に問題があるわけでなく(その道のプロですからそこに問題がないのは当たり前ですが)、論理を立てる出発点として、裁判官にインプットされる知識が不十分であったからなのではないかと思いました。判決文から、裁判官がいろいろ関連する文献(アスキーとか情報科学辞典とか)にあたり、必要な情報を得ようとしているのは分かるのですが、残念ながら、判決文の「容易想到性」について判断するための適切な情報を得られたのかどうか疑わしい感じがします。控訴審で、安西さんの作ったソフトや似たようなソフトがいろいろ法廷に出てくれば、結構、裁判官の判断も違ってくるのではないかというというは楽観的すぎるのでしょうかね。

「知識は伝播したがっている」かもしれないけれども、手間をかけて世話をしてあげないと、こちらの思うところには向かって行ってくれないのかもしれません。
2005年02月03日
18:52
はらこ
>容易想到性」について判断するための適切な情報を得られた
>のかどうか疑わしい感じがします

その情報を収集するのは裁判官の責任ではなく、被告の立証責任の範疇に含まれるのではないですか。ジャストシステムが適当な公知例を示せなかったとしたら裁判官としては被告敗訴の判決を下さざるをえません。
原告被告のどちらかに裁判官が肩入れするわけには行きませんから。
2005年02月03日
19:33
メンタルスタッフ
控訴審では被告側の頑張りに期待したいですね。
判決文に出てくる、裁判官が引いているアスキーや、現代用語の基礎知識、情報科学辞典などの文献は被告側が出した証拠ではなく、裁判官が自分で見つけてきたもののような印象を受けるのですが違うのかな。そうだとすると、裁判官の努力もなかなかのものではあるという感じなのですが。(大昔、25kmの速度違反で、簡易裁判所まで行って罰金を申し渡されたぐらいしか裁判の経験がないので、実は裁判官が現実の裁判でどのような役割を果たしているのか十分理解していないということが露呈しますね。)
2005年02月03日
19:43
安斎利洋
ファンダメンタルな知識の公共性を、客観的に数値化する方法って、ないんでしょうかね。答はひとつにならなくても、方法が提示されるとコンセンサスが作りやすい。
2005年02月03日
20:39
あ っ こ
>控訴審では被告側の頑張りに期待したいですね。

すみません、話しがすごく戻ってしまうのですが、証明できればもしかすると、特許庁が原告側の特許出願時の技術評価をあまあまにしたかも?それをやると特許法29条2項に抵触したことになる。(ビスケットさんのところにも少し書いてみました)なにぶん素人ゆえ手探り・・でもなんだか変だなと感覚てきに思っています。

安斎さんがビスケットさんおところで書いていた「だれでもできる技術」についてのコメントがきになっています。だれでもできる技術を特許で守らないといけないようには現行法はなっていない・・29条はそういう法律です、汎用性のある発明は特許を受けることができないとあります。
2005年02月03日
21:52
大富豪家2.0
私は裁判官に文句をいうつもりはありませんが松下にはおおいに文句を言いたいですね。合法ならば何をやってもいいというものではないでしょう。日本/世界を代表する企業という自覚があるのならこのような恥ずかしい訴訟をするべきではありません。儲かりさえすれば何でもやるぞというメッセージを発信してどうするつもりなんでしょうか。
2005年02月03日
22:30
>>儲かりさえすれば何でもやるぞというメッセージを発信してどうするつもりなんでしょうか。

アメリカ型資本主義のもっとも下品で有効なやり方ですが、松下はおっけーと考えているのでしょう。一つ兵器が増えたようなモノなのではないでしょうか・・・

法律のことはよく分かりませんし、知る気にもならないのですが、権利を振りかざして、責任と義務をないがしろにするケースがあまりに多すぎる気がします。そんなんでええのんか?松下???
2005年02月03日
23:17
安斎利洋
特許の対象になる範囲は、この十数年で大きく変ったんじゃないでしょうか。法律の運用が、アメリカの影響を受けているということはないのかな。
2005年02月03日
23:21
安斎利洋
>合法ならば何をやってもいいというものではないでしょう。

そうなんですよ。力をもったものは、気品をもってほしい。
2005年02月04日
14:42
メンタルスタッフ
> ファンダメンタルな知識の公共性を、
> 客観的に数値化する方法って、ないんでしょうかね。
> 答はひとつにならなくても、方法が提示されると]
> コンセンサスが作りやすい。

考えてみたのですが、ある程度は、次のような方向が役だたないでしょうかね。
ソフトウエア作成上の多くの手法を系統的に整理し、樹構造などて視覚化して見えるようにする。特定の手法をそこに位置づけると、ほかのものの特許が請求されていないので、それを特許として要求する「恥ずかしさ度」が見える。
例えば、リストのクイックソートが特許としておかしいのは、
ソートのいろいろなアルゴリズムと基本的なデータ構造(配列とかリストとか)をそれぞれ次元にした行列をつくるとその行列の要素のどの項目も特許になっていないのに、一つだけが特許になっていることなどが、見える。

これがどれぐらい大変で有効な作業なのか、すぐには分かりませんが、この種の整理の仕事、ソフトエア工学の中にあるのでしょうかね。ヴァリエーションが多すぎて、現実的でない仕事なのかな。ユーザーインターフェイス系の技法の整理も徹底してはやられていないでしょうね。

計量の手法はそれができれば他にもいろいろ役にたちそうですが、ソフトの特許の問題は、それ自体として解決しなければならないかもしれませんね。
2005年02月04日
17:23
>>ソフトの特許の問題は、それ自体として解決しなければならないかもしれませんね。

こういう場合、ユーザーの立場はどうなるのでしょうか?
やはり開発者さんの度量次第???
すっごい意地の悪い言い方をすれば、それってヘタすると21世紀型ファシズムとかになりかねませんよね?
名君なら平和、暗君なら最悪っ!みたいな・・・

こういう問題の怖いところはユーザー不在で行われることだとも思うのですが、いかがなもんでしょう?
2005年02月04日
20:22
安斎利洋
>ソフトウエア作成上の多くの手法を系統的に整理し、樹構造などて視覚化して見えるようにする。

面白いですね。実際に役立つものができなくても、この試みはやってみたいですね。

たとえば架空の「知識空間」というものを想定し、一定のルールのなかでなるべく大きい領域を寡占する戦略をもったエージェントを放ち、その結果安定した棲み分けになるのか、破綻するのかをシミュレーションする、なんてこともやってみたい。
2005年02月04日
20:25
安斎利洋
>こういう場合、ユーザーの立場はどうなるのでしょうか?
>やはり開発者さんの度量次第???

森山さんの意見、かみあっているとは思えませんが、でもユーザーの立場から見たときに特許はどんな利益と不利益があるのかを、考えておくべきだと思う。
2005年02月05日
15:08
>>かみあっているとは思えませんが

すいません、すいません、すいません・・・m(;;_ _;;;)m
2005年02月05日
15:23
安斎利洋
>すいません、すいません、すいません

そ、そんな、そのすっきりした頭をあげてください。

森山さんの言っている、開発者の意のまま、という問題は、場を改めなくてはならない別の大問題だと思っています。コンピュータの最もすばらしい特徴であるプログラマブルである、という性質を、ユーザーのところまで届けていないのは、プログラマの責任だと思います。ユーザーの多様な希望にそうために、たくさんの「設定」メニューを用意するくらいしか、やってこなかったんだから。本当は、道具を使うこと=プログラムすること、というような、エレガントなやり方がたくさんあります。
2005年02月05日
17:45
>>そ、そんな、そのすっきりした頭をあげてください。

すいません、すいません、すいません・・・m(;;_ _;;;)m
頭上げます(はやっ!)

>>を使うこと=プログラムすること、というような、エレガントなやり方がたくさんあります。

安斎さんに言ってもらえると何となくほっとします。
お仕事で使う道具であるはずのソフトが、道具として落ち着かないので、それがめちゃめちゃ困ったり不安にさせたりするのです。
これは余談。
2005年02月05日
20:12
メンタルスタッフ
> ソフトの特許の問題は、それ自体として解決しなければならないかもしれませんね。

これは、我ながら、何を言いたいのか分かりにくい、誤解を招く表現だったと思います。

> お仕事で使う道具であるはずのソフトが、
> 道具として落ち着かないので、
> それがめちゃめちゃ困ったり不安にさせたりするのです。

本当にそんなソフトがよくありますね。こうならないようにするためには、ユーザーの立場に立って(User Centered Design or Development)ソフトが作られればよいのですが、いつもそうはなっていないのが現状です。そうならない理由の一つは「ユーザーの立場に立つこと」、言い換えれば、「ユーザーの認知過程をきちんと理解すること」が実はとても困難なことが十分認識されていないからだと思います。
並大抵のことでは、ユーザーの立場には立てないことをむしろ出発点にして、さまざまな方策によってユーザーの立場を理解していく必要があります。

とは言っても、道具の使いやすさ(ユーザビリティ)についての関心は以前に比べれば、ずっと高くなっていると思います。

上の話に関連するところでは、以下のサイトなどがあります。

http://www.do-gugan.com/column/column_005.html
http://www.do-gugan.com/column/column_025.html
2005年02月05日
23:17
ユミ
>コンピュータの最もすばらしい特徴であるプログラマブルである、という性質を、ユーザーのところまで届けていないのは、プログラマの責任だと思います。ユーザーの多様な希望にそうために、たくさんの「設定」メニューを用意するくらいしか、やってこなかったんだから。本当は、道具を使うこと=プログラムすること、というような、エレガントなやり方がたくさんあります。

長い引用でごめんなさい。
これ、先日来、びすけっとさんが私に向かって熱く語ってくれたことと、たぶん、一緒。
そーいう道具だってしらなかったものな。。。
でも、そこがフツーの人に届いたらサイコー楽しいこと起りそう!
びすけっとさんのうちの子達向け‘出張レクチャー’はその種まきなのだろうと思ってます。
2005年02月06日
02:42
あ っ こ
ここにこれ書くのいいのかな?でもユミさんへちょこっと

>本当は、道具を使うこと=プログラムすること、というような、エレガントなやり方がたくさんあります。

長い引用でごめんなさい。
これ、先日来、びすけっとさんが私に向かって熱く語ってくれたことと、たぶん、一緒。
そーいう道具だってしらなかったものな。。。

引用が二人分つながってますが・・
私も最近やっとですが。道具なんだね!って心底面白がっています。びすけっとさん、安斎さんたちとここで話できたからだとおもいます。

そして話は特許(牢獄に閉じ込められた知)について、これからの時代ますますコンピューターの道具性が高くなる時代に小学校で書き方を勉強するように「プログラム」を勉強しなきゃいけない時代がくるかもしれない、中学生くらいになるとそれぞれのゲンゴを字引で引くように扱うようになり・・・その時にやっとこの(特許)システムが時代にあってないってあわてることになるのでしょうね。
2005年02月06日
04:03
あ っ こ
子供達の夏休みの課題が全て 「踏んでました!」だったらおもしろうですね。
2005年02月06日
17:59
安斎利洋
>これ、先日来、びすけっとさんが私に向かって熱く語ってくれたことと、たぶん、一緒。

びすけっと(ソフト&人物も含む)は、プログラムの無限の可能性を、ユーザーに解放する環境という意味では、一番先を行っていると思います。いまのところ、ビスケットの中で起こったことはビスケットの中で自己完結していますが、いろいろな入出力をもちはじめると、かなりすごい道具になると思う。

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