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カーニバル全体に公開
2007年12月19日17:26
進化しようというもくろみは、ときどき正反対を向いた終焉への一歩であったりする。

mixiが公開レベルを日記ごとに設定できるようにしたのは、最近危なくなってきたmixiを、より現実の人間関係に近づけるという意味で大きな進歩なのだけれど、しかしあきらかに何か「終わった」感じがする。

何が終わったのかというと、たぶんそれは「カーニバル」だ。

カーニバルは、日ごろの人間関係をめちゃくちゃにする。上司や王様にタメ口をきいたり、ぶんなぐったりしても、それはそれで許される特別期間が「カーニバル」だ。

カーニバルという隠喩を深く活用したのは、バフチンだ。たとえばトルストイの小説は単一の論理で書かれているけれど、ドストエフスキーの小説に自閉的な論理はどこにもなく、たくさんの他者がざわめき、多元的なポリフォニーを形作っている。それはカーニバル的、というわけだ。

mixiは、人間関係を攪拌してきた。仕事チャンネルの付き合いが日常チャンネルに結びついたり、秘匿された関係と家族関係が軋みあったり。ざわめきあう他者のポリフォニーが、この恐ろしく未発達なメディアの魅力でもあった。

そろそろみんなお祭りには疲れてきて、トルストイに逃げ込もうとしているのか。
いやいや、人生死ぬまで永久カーニバルは終わりようがないはず。

コメント

stella2007年12月19日 18:39
やはり実験をしてみて、同じように感じました。
こういうことで、フォマール師のような方が誰かの池に石を投げ入れる機会がなくなるのですね。

連画を知るきっかけには、少しの非日常と冒険があったのは確かでした。
安斎利洋2007年12月19日 18:53
おもえば僕も、そうやってstellaさんとも出会ったわけですよね。

昔、Siggraphのパーティで、あの治安の悪いはずのアメリカで、みんな自分のデイバッグに財布を入れたままそこいらへんに放り投げて遊んでいる景色にビックリしたことがあります。ものごと始まるときの、そういうお馬鹿な単純さは必要ですね。システムが大人になると、安全だけれど、だめになる。
smi2007年12月19日 20:22
それでも、またなにか、あたらしいものを見つけてきたり、作ったりして、また初めから始めるんでしょう。きっと。
と、いうよりも、なにかもう見つけたか、予感がしているかのようにお見受けしますが。
安斎利洋2007年12月19日 21:51
このフラストレーションは、自分で「場」を作るしか解消のしようがないかもしれませんね。
nazo2007年12月19日 22:38
>このフラストレーション

創造的気質に満ちた才能にとって、「混沌から秩序へ」は退屈への道のりであり、「秩序から混沌へ」は刺激そのものである。でしょう?安斎さん。
smi2007年12月19日 23:01
そうそう、面白くなかったら自分で作らなければ。
子曰く、「いつになてもつまんなぁ〜い!」
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=637820899&owner_id=8704715
安斎利洋2007年12月20日 00:19
nazoさん、秩序を作るほうが、簡単ですからね。

>子曰く

おたくの師はえらいなー。
テロリスト蛇居2007年12月20日 02:44
使わなきゃ変わらないのに。

わたしはきっと使わない機能だと思うんですが、待望の機能なのでしょうか?
気密性の高いシステムならmixi使わんでも他にあるし。

ピアノの曲だからといって88鍵すべてを使う必要はないし。

逆に使っても良いけど。

小林龍生2007年12月20日 06:52
思えば、ぼくが安斎さんと知り合ったころ、小滝橋の伊藤さんがやっていた300bpsのBBSにしても、かつてのパソコン通信にしても、そして、もちろん、アーパネットに始まる初期のインターネットにしても、それぞれにカーニバルの季節を持っていたわけだ。カーニバルの後には、暗く長い四旬節の季節があり、イエスの受難と復活が訪れるのだけれど。
以前『カッコウはコンピュータに卵を産む』という本で読んだ、米国西海岸の若い天文学研究者が、まさにお祭り状態で当時の東ドイツから入ったハッカー(というか情報スパイ)を追い詰めていき、その成功を梃子に東海岸で定職を得ていく過程を思い出した。
ぼくは今、ubuntuというLinuxのディストリビューションに夢中なのだけれど、ここにもまた、一つのカーニバルを感じる。
問題は、木村敏が『自己と時間』で言及している《ポスト・フェストゥム(祭りの後》のむなしさにどう耐えるか、ってことなんだろうな。しょせん、カーニバルは永遠には続かないのだから。
それとも、カーニバルを求めて、ヴァーチャルワールドの遍歴を続ける?
あれ?これって、もう一つのピーターパン問題かなあ。
安斎利洋2007年12月20日 14:07
>使わなきゃ変わらないのに。

自分が使うかどうかにかかわらず、たとえば「死刑」が備わっているかどうかで、系のありかたや、系の中で過ごすありかたが変わってくるのと同じで、システムのデザインの力というのは劇的に波及するものだと思う。
安斎利洋2007年12月20日 14:15
>これって、もう一つのピーターパン問題かなあ。

なるほど、僕はまったくイントラ・フェストム、あるいはイントラ・フェストム志向なんだと思うけれど、30歳代の頃の祭りのありかたに比べれば、人生というフェストムの終わりに近付きつつあることは確かで、だからこそ祭の後(=後の祭?)を話題にしたがるのかもしれませんね。本当に祭の中にいれば、時間を意識することすらないはず。

しかし生命だけは、永遠のカーニバル。これは、カーニバルのライフサイクルを個体に託しているからなんだろうか。
テロリスト蛇居2007年12月20日 14:48
>系の中で過ごすありかたが変わってくる

それはあがなえないものなのでしょうか。

現在も薬害肝炎訴訟を行っていますが、この国という「系」では国家賠償でまともに勝訴したことがなく、数年前に「全面解決」と嘯いた水俣病の訴訟も今年に入って一部訴訟を開始した。どれもいずれも救済に区切りを儲け、救済される人とそうでない人を作る。同じ被害にあおうとも。 

この国民を守らないという一貫した理念に基づくシステム。そういった「系」から脱却できないのだろうか。


その「系」を超え新たなシステムの構築をしていくことは困難なことは分かる。

だから、つい意地をはってみたくなる。



・・・ドン・キホーテはかっこいい。









・・・でも出来れば勝利ある結末は魅力的だ。
安斎利洋2007年12月21日 00:04
フェストム、じゃなくてフェストゥム、でした。ごめん。

漢和辞典をひくと、
鬱の原字は「臼(両手)+缶(かめ)+鬯(香草でにおいをつけた酒)」の会意文字で、かめにとじこめて酒ににおいをつける草。

祭りのあとに引きこもるポスト・フェストゥムは、香り高くあるべきでしょうね。
小林龍生2007年12月21日 05:49
>僕はまったくイントラ・フェストゥム、あるいはイントラ・フェストゥム志向なんだと思うけれど、
木村敏は、
アンテ・フェストゥム→分裂病
イントラ・フェストゥム→癲癇(ATOKが変換しないので、当事者にとっては失礼な言葉かもしれない。にわかには言い換えが思いつかない。ゴメンナサイ)
ポスト・フェストゥム→鬱
とった対比をしていたような。
そして、イントラ・フェストゥムの具体的な例としてドストエフスキーの作品を挙げていた。彼自身も、癲癇を持っていたという。
mixiの精神病理学というのもありかもね。
中村理恵子2007年12月21日 08:57
>そういった「系」から脱却できないのだろうか。

律令制ってもんが7世紀ごろしかれて、国家たる体をなそうと目論むもんの、そんな官僚制国家機構は、100年くらいで一端廃れたらしいじゃん。
当時、ひとは、どうも逃げたらしい。
○○村の○○、「逃亡」という記述がぽつぽつ。
逃亡だってよ。
こりゃたまらんと、寝床のむし藁をとっとと丸めて動いたのでしょうか?

土地と人を結びつけて、そのチューブを束ねて、ちゅーちゅー税金を吸い上げるという体制を確立したかったらしいけど当初は、頓挫した。しかし、低温やけどのやらしさみたいにその後の長い時間と、機をみて国家たる形をぜったいに諦めない何ものかが、その後もひたひた、ひたひた、ひたひた、ひたひた、再三再四、健康で働きそうな人にチューブ接続、ちゅーちゅー吸い上げを機能させようと躍起になった。その結果が、今に到ってるってことでしょか。

しかしこのシステムが、完成してるとは決して思わないことですよね。

ピーターパンズより
うさだ♪うさこ2007年12月21日 15:01
安斎さんがさいきん日記を書いていないと思ったら、私以外のひとの
グループをつくっていて、そこではあんな日記やこんな日記を書いて
いるかもしれない、っていう仕組みになっちゃったんですね、mixi。
機能ができたときには、わりとどうでもいいや、と思ってたのですが、
機能ができる前には疑いもしなかったようなことを、疑うことができ
るようになっちゃったってことですね。
安斎利洋2007年12月21日 15:22
うさださん、そこが本質です。
自分は静止していても、システムが変化すると意味が発生してしまうんですよ。
自分が静止していても、国家の暴力に加担していることもあるのと同じ原理。

小林さんも、イントラ・フェストゥムですよね。しかし、逃げる、あるいは離脱するためには、アンテ・フェストゥムたるべきなんでしょうか。
祭りの前。

いまさらそんなこと言っても、それは「後の祭り」だよ、
と言うのはやめて、
いまそんなこと言っても、それは「前の祭り」だよ、
みたいな。
miyako/玉簾2007年12月21日 23:40
すみませんちょっとずれますが
>カーニバルのライフサイクル について

リオのカルナヴァルが終わると、半端じゃない雨期が始まるそうですが、洪水
で低所得者層の家が毎年多く流される。祭りの後、庶民は一から家を建て直
す。で、一年経ってまたカルナヴァル。で、また雨期。
「三月の水」の歌詞を調べて知りました。

沖縄も似ている。島という閉塞的範囲でみんなが煮詰まった頃、激暑で思考能
力に限界が来る頃に一番大きな祭りをする。
その後、台風が牛小屋から巨大なスーパーまでぶち壊す。
台風後、人々はクールダウンして平たくリセットされる。(差はありますが)
自然相手だから誰にも文句も言えず黙々と片付ける。
非常にシステマティックに出来ています。

ところでmixiは注文の多い料理店みたいに進化していったというのが私の印
象です。
smi2007年12月22日 00:17
ところで、安斎さん…。
こんな日記があるのしってます?↓
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=660251036&owner_id=63253&comment_count=11
未来日記。
安斎利洋2007年12月22日 00:58
>こんな日記があるのしってます?

それはまったく知りませんでした、と言う安斎Xを誘発してますね。
そういえば、〜を知らない自分、を作りたい、という日記をなささんが書いていました。
たいていの人は、〜に異性を代入するんだろう。
安斎利洋2007年12月22日 01:05
>カーニバルのライフサイクル

1年という時間にもまれることが、非常に少ないですね。時間が均質になってきて、四季が狂ってきて、旬もなくなり、僕の場合は新学期も新年度もあまり関係なく、台風は何も破壊しない。

もし一年に一度、フェストゥムがあるなら、それに同期した人は、毎年イントラ・フェストゥムの興奮と、鬱蒼たるポスト・フェストゥムと、ゼロクリアされたアンテ・フェストゥムの気分に揉まれることになる。

それは、いい暮らしだな。
miyako/玉簾2007年12月22日 12:45
>毎年イントラ・フェストゥムの興奮と、鬱蒼たるポスト・フェストゥムと、
ゼロクリアされたアンテ・フェストゥムの気分に揉まれる

全くその通りです。全ての生き物は気象に司られるしかない場所なので。
一月半ばから3月頃までは完全にポストフェストゥムで物事を考える期間。
で、車の運転マナーはかなり良くなります(汗

>それは、いい暮らしだな
いい所と悪い所は半々ですねー。悪い所はかなり厳しいです。
ご存知のように台風は危険だし、家が壊れたら簡単に十万単位のお金が出て
行くし(泣 
南の人がおおらか、又はルーズなのは「どうせ壊れるんだし」という事も
大きく関係していますね。
うさだ♪うさこ2007年12月24日 23:15
深読みかもしれないのですが、これは最近広告している、「レディオヘッドとマイミクになる」のための機能なんじゃないでしょうか。

http://mixi.jp/show_friend.pl?id=15565182

Mixi も懐にチャリンチャリンとお金が入ってくるように、タレントやアーチストや企業とのタイアップをしようと思っている。
でも、こういうタレントにはたくさんのヒトがマイミクになる可能性があるから、それとマイミクしちゃうと、「友人の友人まで公開」の意味がなくなる。そういうクレームからMixiが身を守るために、対象を絞って日記公開できるようにしたりしているのかもしれません。
テロリスト蛇居2007年12月24日 23:31
>現在のマイミクシィ数 (13918人)

マイミクの上限て1000じゃなかったんすか?
それともコレは例外だと。。。

確かに微妙に規約をかえたのはこういうことの布石だったということ???

下北や高円寺でふらふらとミュージシャンに遭うような気軽さがmixiだったのは過去のことと言うことなのでしょうか?
安斎利洋2007年12月25日 01:27
なるほど、布石かもしれませんね。

でも、この「〜とマイミク」モデルは、面白いかもしれないな。たとえば、AmazonがSNSになるとする。で、ある本を買った人だけが見る設定で日記を書く、というようなことができる。
数千部しか売れない本を買っている人同士の連帯っていうのは「マイミク」より強いかもしれない。
安斎利洋2007年12月25日 02:06
しかし、
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=15565182
このmixi公認というのは、マスメディアをもう一回夢見てるんだろうか。

ポリフォニーにズンチャッチャ伴奏をつけてるみたいな、違和感ありますね。
smi2007年12月25日 07:48
参考までに
http://quote.yahoo.co.jp/q?s=2121.t&d=c&k=c3&z=m&h=on
株価としては、11月をピークとしてまさに祭りがおわった状態。
中村理恵子2007年12月25日 07:52
>「友人の友人まで公開」の意味がなくなる。そういうクレームからMixiが身を守るために、対象を絞って日記公開できるようにしたりしているのかもしれません。

うん。

マイミクの上限(条件付撤廃か?)&日記ごとに公開範囲を細かに設定できる
これって、なんの垣根もないもともとのインターネット環境と、結果的に変わらない?
平らかな化するかな。

内海化してたSNSの環礁地帯が、溶けちゃうような印象。

あや取りという遊びがありますが、紐をループ状にして、指をくぐらして他人(ひと)と綾を組み替えて取りあう、あの遊び。
どんどん取りあううちに、複雑になってとり方も悩みますが、あるとき、なぜかどっと単純にとけてしまう。
しらけます。

この2本の機能、&部分を、+にするか、−にして使うか、あるいはもっとちがう意識で使うかにもよりますが、サービスが高機能になるというより、とけちゃうのかな、綾が?

ま、この空気感が、つまらなくなるにしても、さらに予想外に機密性をもつのかわかりませんがね。

現実ってのは、思いのほかダイナミックで予想通りにいかないもんだからね。

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