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擬装全体に公開
2007年12月03日18:58
長いこと「擬装」が流行っているけれど、流行っているのは逆に「正直」だ。

「どうやったらうまくプレゼンできるか」「〜世代をターゲットにしたマーケティング」「トップを納得させる方法」「消費者をその気にさせる商品名」といったテーマが邪悪だという人は少ないけれど、にもかかわらずこれらも、いわば擬装。対になる正直をもたないだけの話だ。

にわか正直が流行れば、人々は「実力相応のプレゼンをしよう」とか、「消費者には商品の欠点を晒そう」というコンプライアンスモードに改心することもできる。が、「なぜなら、そのほうが好感度がいい」という理由をつければ、とたんに擬装の問題圏に帰ってくる。

こういう活動を、生物一般の活動の分類にあてはめると「擬態」ということになる。

ミートホープの田中社長が、なんでも混ぜるミンチ機を発明して「文部科学大臣表彰創意工夫功労賞」をもらっていたのは、実に愉快な話だ。あの手口は、海草そっくりの魚や、毒をもっていそうな無毒な植物などの、こっけいなまでの粘り強さに似ている。

内通しあわない二つのシステムが、表層のプレゼンテーションで影響しあうとき、そこにはたいてい擬態が発生する。「正直」を問わない、つまりセマンティックスを共有しあわないふたつのシステムは、軋みあいながら奇妙な発明を生み続ける。

だから、正直が食文化や企業倫理を立て直すのはいいんだけれど、正直ばかりが流行るのは、実に退屈だ。

コメント

小林千早都2007年12月04日 02:22
>正直ばかりが流行るのは、実に退屈だ。
ひと言で言うと、つまんない、ってことになるかな?
安斎利洋2007年12月04日 02:25
一言で言うと、恐怖ですね。
tekusuke2007年12月04日 07:01
久々に現象学を引っ張り出すと、「正直って何だろう?」とふと思います。
中村理恵子2007年12月04日 08:58
ま、乱暴な言い方だけど、擬装も正直も、時には同罪ってことかな。
安斎利洋2007年12月04日 11:07
>「正直って何だろう?」とふと思います。

正直言ってわからない。
tekusuke2007年12月04日 12:35
うまい!
さかい@12/9TUAA2007年12月04日 16:22
「ホントつきは警察のはじまりなのだ」

と、バカボンパパも言っていますね。
安斎利洋2007年12月04日 16:29
>「ホントつきは警察のはじまりなのだ」

負けた!
自分の書いたテキストの冗長なこと。

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