安斎利洋の日記
2005年11月30日
03:11
川---遅延線
現代思想(青土社)の栗原さんが来訪。
彼は、川の近くで生まれ育った。いま多摩川の近くに住んでいるのは、川に引き寄せられる習性が身についているためかもしれないと言う。学生の頃、ガンジス川のあたりを撮影旅行したこともあるのだそうだ。
僕は、日常に川を感じて過ごしたことがない。父親の実家は阿武隈川の川べりで、子供の頃旅先の心細い寝床で、岩にくだける水の音や、渡しの船頭を呼ぶ声を聞いた記憶がある。
川や、川原の葦の夢を見ることがある。『岸辺のアルバム』や、二子玉川のホームから見える多摩川の景色が、夢に重なる。ダビンチの絵の背景が重なる。水の匂いを、夢の中で感じることもある。父親が死んだとき、焼き場の窓から見た荒川の土手と真っ青な空を思い出す。
川は、生き物が死んでいくための回路だ。
コメント
2005年11月30日
04:27
人魚が水にあがるように海で生まれて、
川に死ぬのでしょうか。
私は野辺送りのように山に向かうイメージが死にあります。
2005年11月30日
04:46
godzi2
昔取材で、中国からラオス、タイ、ベトナムまで、メコン川を辿ったことがあります。源流はチベットなので見られなかったけど、いろんな国でいろんな接し方をしているのが興味深かった。
中国・西双版納では、ハッパを使って河床を深くし、タイへ下る船を少しでも大きなモノにしようとしてたり。
ラオス・ビエンチャンでは、川を見るためのお店が沿岸に立ち並んでいるのに、その店の下(つまり川のはじっこ)はゴミため状態だったり。
タイでは、毎年同じ日に上がる謎の光のことを知ったり。
ベトナム・メコンデルタでは、ジャングルを縦横に切り裂くように作られた水路や、人々を運ぶオンボロフェリーを見たり。
その広大な河口では、水際にいくつもの家が立ち並び、子供らが早い流れのすぐそばで遊んでいたり。
国を超えて流れる川を眺めてみたら、やはり人間は自然に依存してしか生きられないのだ、と思いました。
おもしろい経験でした。
2005年11月30日
09:27
MATANGO
私も川べりで生まれ育ったんでありますが、まさにナントカアルプスの天然水が流れている川だったので、多摩川がどうしても川とは思えず...。
昔撮影で、「やったことない」という女の子をだまして多摩川でボートを漕がせ、案の定転覆。「飛び込め!」という命令一下「おぼれた女の子を救う」という絵に描いたような経験をしたものの、着ていた一張羅一式が匂いで全滅。泣く泣く捨てたという、じつに散文的な思い出が...。
いまは、もう少しきれいになってるとは思いますが....。
2005年11月30日
10:00
中村理恵子
川音さんの想い出;北海道はとっても川の多い地だと思います。三方向から流れ込むその川州に住んでるんだーと地図を見て気がつくことも。
父の遺言も(まだ存命だけど・笑)、「利別川と、〇〇川と、〇〇川と、3箇所に分けて。」と骨や灰の撒き方を指定します。
かつて、川を挟んで松山千春とケンカした足寄(あしょろ)
に生活したころ、川音さんという友だちいました。本当に川っプチに住んでいて、裏手に回ろうとすると眼下にごーごーと流れる川を振り返りながら、木造の家ずたいに抱きつくように回り込んで行かねばならない。
そんな生活の中で、ちえこちゃん(川音さん)の兄弟が川に落ちて亡くなってると聞いたことあります。
そんなことがあっても、川音さんは、そこに在りました。
2005年11月30日
11:09
Linco
二子玉川のホームから見える多摩川、ここで小さい頃おばに連れられ水遊びをした写真が残っています。
貴重な体験だったと思います。今でも繋がっている感覚は残っています。
2005年11月30日
11:30
kazu
盆地で生まれ育ったせいか、川の「流れ」に惹かれます。
小川もいいけれど、漫々とたゆたう大きな川に。
海外旅行に行っても、チャールズリバー、ドナウ、リスボンのテージョ、勿論セーヌなど、川ばかりが印象に残っています。じっと流れを見ているだけで気持ちが安らぐ。
私は川と密接に結びついている都市が大好きです。
今でも、頻繁に隅田川を見に行きます。
隅田川の無い東京なんて味気ないもんです。
2005年11月30日
15:40
あ っ こ
パリは汚い街だけど生きている。
ブリュッセルは綺麗なところだけれど、どこか息絶えたようなよどみを持つ街。
ドナウが飲み込む悲しさ。
ブタペシュトは川がなかったらあれほど美しいか?
などなど私にとっての河川のイメージは「営み」(生も死も包み込んだ)です
パリとブリュッセルについては対比として
生きているセーヌと暗渠(又は埋め立て)にしたブリュッセルの川、街の佇まいから受ける印象が違います。
私の生家は多摩川の近く、幼いころから散歩・探検・迷子になって泣き喚く・腹へってさまよう・デート・絵を描きにいくなど生活のシーンと重なっています。
決して美しいとはいえない都市の川を見つめていると「人間」を感じることがありました。早朝河川敷を散歩していると川岸の向こうの空に色々なものが飛びます。
2005年11月30日
21:13
H.耕馬
>川は、生き物が死んでいくための回路だ。
Resetのための回路でもある。
「水に流す」という日本人のモチベーションは、悪しき事を忘れてやり直す事でしょ?
目の前を流れている水は一瞬で、すぐに過去になるもんね。
>二子玉川のホームから見える多摩川、ここで小さい頃おばに連れられ水遊びをした写真が残っています。
僕も小学校の時、ザリガニ釣りしました。
2005年11月30日
22:33
安斎利洋
みなさんのコメントに流れる不思議な時間を思いつつ、ひとつ気づいたこと。それは、川は遅延線だということです。だから記憶に結びつくんだ。
タイトル変えよう。
2005年11月30日
23:52
N_apostrophe
大学のサステナブルプロジェクトで地震被災地の小国町の法末地区に通っている。土地の人はHOSSUIと発音する。漢字を当てると発水になる。
棚田に水がどこからとなく湧いてくる村。冬3メートルの雪がしみ込んだ山が雪解けで地盤からくだけて水が湧く。おかげで地崩れ地区に指定されている。川の始まりはこんなにじみだす朦朧線。
昔、い・いよさんが学生の時川を辿って海に着くプロジェクトをやったのを思い出す。当時の大学は校舎が川をまたいで建っていて、それを遡ってやぶのなかを探したが発水は見つからなかった。それでも川になり、多摩川に流れ込み、海に連なる。自然には形が無い。
2005年12月01日
00:52
>当時の大学は校舎が川をまたいで建っていて、それを遡ってやぶのなかを探したが発水は見つからなかった。
あの校舎の建ち方は不思議でしたね。四角いドーナツ形の校舎があって、その真ん中に川が流れている。ムーミン谷のようなところでした。薮の中を踏み入っても川のはじまりはわからなくて、
たしか、少しぬかるんだ、落ち葉ばかりが溜まった場所のような感じでした。
染色のクラスで染めた、黄色い糸を小川に流して撮ったのを覚えています。
2005年12月01日
01:02
安斎利洋
>川を辿って海に着くプロジェクト
どんな川も辿れば海に着くけれど、世界を見渡すと国境や対立する民族を越えて海まで辿れる川は、そんなに多くないかもしれません。
そうだ、google mapでドナウ川を辿ってみよう。
2005年12月01日
02:58
>google mapで
モルドヴァとか、ルーマニアあたりの黒海周辺の川の旅を
小一時間しました。キレイだなぁ。畑かなにかで開墾されて美しい模様になっている。
高校の地理の先生で、川に沿って授業をすすめる先生が居て楽しかった。名古屋弁で『あんたら地図帳広げてみぃ。ほら右下のほうにね、ちょっと黄色いところがあるでしょう? なんとか鉱山って書いてある。だから、この周辺は栄えたんだがね。まっと川を下ると、○○って書いてある、この町の名前は○○って意味だがね。』
とか言う感じで。
2005年12月01日
03:15
安斎利洋
>畑かなにかで開墾されて美しい模様になっている
鉱物の結晶の顕微鏡写真みたいね。
2005年12月01日
09:59
俳胚
>それは、川は遅延線だということです。だから記憶に結びつくんだ。 タイトル変えよう。
地球上で異常発生した人類は限りなく川を破壊し続けている。
文明化は川の汚染、破壊と表裏となっている。
川が遅延線だとして、変化の蓄積としての記憶のうち川に溜め込まれたものには”生き物が死んでいくための回路”と写るのはどうみても疲れ果てた川に繋がる。一方、川自身、生命の誕生の場でもある。
鮎も鮭もうなぎも川を原点にしている。
本来川は生命の発祥点であるのにその破壊状況ゆえに汚泥、屍の蓄積所を演じている。何とかこの遅延線を逆遡上して原点川を取り戻したいものです。
2005年12月01日
12:00
安斎利洋
>地球上で異常発生した人類
googlemapを見ていると、本当に人間は細菌に違いないと思います。
ashinoさんの日記
http://
mixi.j
p/view
_diary
.pl?id
=40418
223&ow
ner_id
=10783
52
で指されている場所など、気色ワルッ!
ズームアウトしてみて、さらに衝撃。
http://
maps.g
oogle.
co.jp/
maps?l
l=35.3
39899,
140.19
4243&s
pn=0.8
68384,
1.6099
09&t=k
&hl=ja
2005年12月02日
10:57
俳胚
キリスト生誕2000年の期間に60倍(1億→60億)はやはり異常発生。それを支える自らが生み出した科学技術もその効果の一方で、今やその限界に悩んでいます。
空気を構成(殆どは窒素と酸素)する微量の炭酸ガスが少し増えると地球温暖化の原因となり、大騒ぎ。
しかし、この量が逆にほんの少し減少すればたちまち地球は氷河期に移行することは実証済み。
これから先のミレニアム(1000年Xn)まで我が子孫はこの増殖を続ける技術を生だすでしょうか。ITがその役にたつでしょうか。答えはまだない。
アメリカにMagicalcicadaと呼ばれるセミがいます。
素数ゼミと呼ばれてもいるそうです。
このセミ、過去幾度もの氷河期も生き抜いて来た人類の先輩で
正確に13年、17年サイクルで局所に異常発生することで有名。
このセミの生き様は人類誕生数万年、ましてや西暦2000年の歴史のはるか長い時間の中で獲得した子孫存続の知恵を獲得したようです。
”素数ゼミの謎”(吉村仁著”という書物があります。
2005年12月02日
12:06
安斎利洋
>素数ゼミ
整数論のゼミナールかと勘違いしそうですね。
フィボナッチ数列が自然に遍在しているはわかりますが、素数というのは不思議です。映画「コンタクト」では、信号に素数が含まれていることで、地球外の知的生命を確信します。自然も素数を算出する、と考えるべきか、蝉の知性と考えるべきか。
2005年12月02日
23:42
ashino
> googlemapを見ていると、本当に人間は細菌に違いないと思います。
あ。ひっそりと暮しているのに最近妙に「足あと」に人が多いと思ったら
安斎さんに引用されてましたか。
人間が細菌かも、というのはまあ、そうなのですが、地球の大気に酸素が
これほどあるのも、元はといえば、大昔大発生した植物系のプランクトンの
老廃物で、当時生息していた他の微生物にとっては猛毒だったわけで。
ワインのアルコールも酵母の老廃物で、酵母自身はそのアルコール濃度が
高くなり過ぎると増殖できなくなるし。
2005年12月02日
23:51
安斎利洋
>当時生息していた他の微生物にとっては猛毒だったわけで
自然の側には善も悪もなく、滅びるものは滅びるわけですよね。フューチャーイズワイルドで、人間が滅びているのがあっけないくらい当然の前提になっているのが面白い。
http://
www.am
azon.c
o.jp/e
xec/ob
idos/A
SIN/B0
002C6E
1A/250
-40894
96-078
9006
2005年12月03日
10:17
N_apostrophe
>老廃物で、当時生息していた他の微生物にとっては猛毒
>高くなり過ぎると増殖できなく
人間に取って、老廃物で、他の生物の猛毒、そしてこれが高密度になると人間が増殖できないものはなに?
わたしはことばだと思う。
これをつかって人は他の生物を破壊するもの(猛毒)を創造するし、これがふえて異国語になると意思疎通を欠いて争うし、何より自己規制して生きにくくする。破滅のシナリオ。
なにやら怪しげな政治方針になって来たかな。
2005年12月03日
18:25
安斎利洋
生命のDNAによる情報機械が、地球に酸素を満たしたという言い方をするなら、生命の神経系による情報機械が、言葉を満たしながら地上の形や大気の組成や核物質の安定性を変えているという言い方が可能ですね。
衛星から見た地球は、いたるところヒトがあやつるロゴスの傷跡だらけ。環境問題や国際関係という問題のたてかたより、言葉という猛毒に満ちた地上、という世界の見え方が大事かもしれないなぁ。
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