安斎利洋の日記全体に公開

2007年02月02日
16:19
 「産む機械」を産む機械
「女は子を産む機械」は、例によってひとりの政治家の失言として政争の中で処理されはじめているけれど、柳澤大臣個人の品格などどうでも良くて、問題は彼の属するコミュニティが、この言葉を自然に使っているであろう、ということだ。

ちょっと長い引用になるけれど、非常に示唆に富んだエピソードが、ある本のはしがきにある。「産む機械」という言葉を生み出す機械のことを考えるヒントがある。

<引用>
 はじめに、あるエピソードを紹介しょう。冷戦も終わりに近いころ、フェミニズムの立場にたつ女性の政治学者が、アメリカのある大学の「防衛技術センター」で研修を受けることになった。この研究者の目的は、国際政治学者、防衛アナリスト、核兵器の専門家などの「防衛知識人」(ディフェンス・インテレクチュアル)を内側から観察し理解することにあった。
 彼らはほぼ全員が白人男性で、個人的に見れば、知的で上品でユーモアがわかる、魅力あふれる人々である。しかし、彼女は彼らの使う専門用語が気になって仕方がない。第一打(ミサイルによる奇襲攻撃)、対抗力(報復能力)、限定核戦争、クリーンな爆弾(放射能を撒き散らさない核爆弾)、外科的にクリーンな打撃(正確無比な爆撃)、付随的ダメージ(軍事目標の爆撃等で「付随的に」人命が失われる)、等々。ことばの背後には正視できないほどの現実──核による大量虐殺、黒焦げの死体、人々の苦痛──があるはずなのに、その現実のイメージから奇妙に隔離されたクリーンな言語世界に彼女は違和感を禁じえない。
 このクリーンな言語世界は、抽象概念を使いこなしているという感覚と、核兵器の犠牲者ではなくその使用者であるという立場によって支えられている。日常語とこの防衛知識人たちのことばは、別の世界に属している。平和に相当する専門用語は彼らの辞書には存在しないし、あったとしても使う余地がない。
 しかし、この女性研究者は二、三週間のうちに、ある変化が心のなかに生じたことに気がつく。「(彼らのことばを)話せるようになると、私のものの見方も変わってきた。私は、技術戦略的な言語の越えがたい壁の外側にたっているのではなく、その内側に入ったのだ。この言語を話していると、私はそれを実際に聞くことができなくなった。……私はその言語を話し始めただけでなく、その言語で考え始めた。その争点は私の争点になり、その概念によって私は新しい考え方に対応し、その言語による現実の定義は私の定義となった。……たとえば、「外科的にクリーンな対抗力打撃」ということばを私が使ったのは、それが実際に可能だと信じたからではなく、教義上のある難しい推論を行うためには、それが可能であると前提するほかはなかったからなのだ。」(Carol Cohn, "Sex and Death in the Rational World of Defense lntellectuals, "Sings: Journal of Woman in Culture and Society 12-4,1987,pp.687-718)
 「防衛知識人」の世界はゲーム理論と深く結びついている。本書でも彼らの世界を覗くことにするが(第3章)、このエピソードはもっと広く、客観性、合理性、正統性、専門性などを売り物にする言語体系の危うさを指し示している。上の引用で、ある言語体系をみずから話し始めるとそれが聞こえなくなる、つまりその言語体系に対する違和感が抑圧されてしまうという指摘は重要である。
 ゲーム理論を学び、そのことばを操れるようになれば、新しく見えて来るものもあるだろう。国際政治や経済を新しい観点から見ることができるようになるかもしれないし、人生や商売に役立つこともひょっとしてあるかもしれない。しかし、防衛知識人たちのクリーンな言語体系が核戦争の被害者視点を排除してしまうように、ゲーム理論によって見えなくなるものもあるのだ。ゲーム理論はどのようにわれわれの目をふさいでしまうか、ゲーム理論に代わるべきものは何か──これが本書のテーマである。
</引用>

『ゲーム理論を読み解く──戦略的理性の批判』 竹田茂夫 (ちくま新書 502)
(OCRにつき、読み取りミスは指摘してください)
 

コメント    

2007年02月02日
16:58
smi
「うわっ、引用長い」って思ったら、OCR使っているのですね。
新しい。
2007年02月02日
17:19
しゅわっち
メタ認知するしかないな!

その結果そういう言語をしゃべらなくなるか、確信犯的にしゃべり続けるか どちらかは興味深いな。
2007年02月02日
17:22
あおいきく
なるほど。あの失言で長らく感じていたモヤモヤの霧が晴れたような気がしましたが。

言葉狩りではなく、一言で顕在化したコミュニティの正体に懸念(と怒り)を感じているのが、あらかたの見方だと思います。
2007年02月02日
17:47
遼 遠 ☆
その文章、どこかで誰かが引用していて、最近読んだ気がします。
2007年02月02日
17:51
H.耕馬
> あらかたの見方だと思います。

それでしたら、彼にお辞めいただくのが正しい選択ですね。
そんな事しても、何も変わらないと思っていたのですが、1つ変わる可能性があります。そのコミュニティに属する人々の辞書に、1つの項目が付け加わります。

「このコミュニティで使われている用語を、コミュニティ外で使ってはならない」
だから、どうよって感じですが。。。
2007年02月02日
18:16
smi
「そういう、ことばを使うコミュニティ」が少子化対策の政策を司るには適さないということではないでしょうか?
「生む機械」を生む機械を選択してはいけないと。
あれ、でも「「生む機械」を生む機械」を生む機械も実はあったりしません?
そして、それを生む機械も…。
2007年02月02日
18:30
安斎利洋
本来政治家のことばというのはもっと野生的なんだけれど、役人出身、あるいは制度設計マニアの若い政治家は(与党でも野党でも)えてしてこういう言葉を使いたがります。言葉を使うということは、そのようにしか考えられなくなっている、ということ。柳澤伯夫っていう人はもともと大蔵官僚で、安倍政権の空気は官僚の言語ゲームに支配されている。

耕馬さんの言うとおりで、柳澤大臣が辞めたところで、結局彼らの辞書にシソーラスが増える以上の成果を望むのはむずかしいでしょう。「子どもを産んでくださる方々」みたいな言い換えを覚えるだけ。

>メタ認知

その通り。野球のクリーンなゲームをやっている人たちが、球界のマネーゲームにさらされるみたいな、野蛮なメタゲームに気づかせる必要がある。

>一言で顕在化したコミュニティの正体

マスコミも、そこに怒りを向けないと、茶番だよね。

>最近読んだ気がします。

二日前の僕の日記ではない?
2007年02月02日
18:45
osamu
二日前の安斎さんの日記だった。。。

自分も、あれ?どこかで読んだなぁ〜・・・誰の日記だったっけかなぁ〜・・と、記憶を辿りましたよ一瞬。。
2007年02月02日
18:51
遼 遠 ☆
それでした(笑)

>子供を産んでくださる方々
ひどい言い換えですが、やりそうですね。
2007年02月02日
18:59
閉鎖的なコミュニティーが犯してしまいかねない危険性を問題としても良いのですが、御本人もマスコミももっと面白く扱う能力と技術をもって欲しかったと思いました。

1つ1つの細胞の集合体であるヒトを1つの化学反応の集合体として客観的に扱うことは生物学を初め多くの学問や科学には必要とされます。
勿論、メディアに関わる方も同じ感覚を少なからず持っているのではないでしょうか。

より詳細に1つ1つの細胞の内部を見て行くと、核やミトコンドリア、リボゾームといった器官があって、さらにその内部ではATPなどを消費していろいろな化学反応が起きているのであって、それらが生物物理学や数学が扱う規則に従って活動することで1つの細胞が維持されているだけに見えます。
そして、細胞内で行われているイベントを、それぞれ1つの精密な化学反応や物理的な法則として扱うことが出来る時に、初めて生物学の根底にある概念が立ち上がる。
そういった意味では、集合体のヒトも巨大で複雑な試験管と言えるのだけれど、意志や意識を持っているので丁寧に扱わなければ検者が怪我をしてしまいますね。

失言を指摘された時に、
「化学反応の集合体であるヒトと機械は何処が違うのか?」
というナイーブな心脳問題にすり替えられれば、一般には支持されたのでしょうか。
それとも、
「携帯や家電、ゲームといった機械に、これだけ日常生活を支配されているヒトは機械よりも尊重されるべきであると疑わない現代人は愚かである。」
と言い直したならどういう評価をもたらしたのか。
単なる問題のすり替えだとさらに非難されたのかも知れませんが、そこまで言い切る偏屈者であって欲しかったと思いました。
当然のことながら、次の選挙は乗り切れないかも知れませんが、私は個人的には支持します。

決して、あの失言を支持しているのではないことは明確にしておきます。
2007年02月02日
19:11
安斎利洋
yfujiさん、僕もそう思った。禅僧を見ていて、個々の僧侶が偉いんじゃなくて、彼らはある思想と実践技術を運ぶ機械なんだな、と思ったばかりで、だからマシーンという概念をおもいきりメタに使えば、女は子どもを産む機械だし、男は子どもを産めない機械だということができます。
結局そういうかわしかたができながったのは、柳澤大臣が半端だったからでしょう。
2007年02月02日
20:37
H.耕馬
>半端だったからでしょう。

役人なんか長くやってるから、半端になっちゃうんじゃないかなぁ?
役所は、「個」に意味を持たせない最高峰でしょ?かれらこそが、役人マシーンだよね。
2007年02月02日
21:45
多分、子供を生む年代の女達が感じる絶望は、機械扱いされたことよりも、結局そういうことを思っているような人達ばかりが、政府の中枢にいるんじゃ、しばらくは変わりそうにないということですよね。隠されているよりもむしろ露呈して良かったんじゃないかと思う。
「機械」の部分ばかり強調されてるけど、発言全体を読むと、結局少子化は女性の問題だというコトを言ってるのであって、機械という部分を除いても、全くぜんぜんダメなことにはかわりない。
結局社会のシステムが子供を生む機械のスイッチを押したりするようにつながってないというコトに全く気づいてないよね、お役人さんらは。

公立保育園は拡充の方向にはなってなくて、公立の保育士の数は減らされていて、民間の保育設備の認可を甘くして数を増やした(規制緩和というコトらしい)だし。
2007年02月02日
23:45
安斎利洋
>役人なんか長くやってるから

組織が年取ると、自分のダメの弁解まで仕事化しちゃうよね。古い会社も、役所も。
若い会社にいて年取った組織とつきあってきた耕馬さんなんか、いろいろ見てきたでしょ。

>結局社会のシステムが子供を生む機械のスイッチを押したりするようにつながってない。

これは確かにその通りだと思うんだけど、子どもを育てやすい社会になると、子どもが増えるのかな? という気もするんだよね。子どもが減るのは、もっと大きな自然の理性じゃないか、と。

だから、少子化による問題を子どもの数で取り戻そうって発想がダメで、人海戦術でこなさなくちゃいけない仕事はどんどん減ってるんだから、子どもが少ない前提で社会のモデルを考えるべきじゃないか、と。
2007年02月03日
02:55
>子どもが少ない前提で社会のモデルを考えるべきじゃないか、と。
それもそうだと思うけど、子供の数が減るからって、『子供関係の福祉予算を減らしましょう』というような発想になったりするような今のお役所には断固変わってもらわないと困る。

安心して子供を生み育てられる社会はきっと悪くはないと思うんだけど、このままだと、『このまま子供を生むつもりはないし〜子供関連に税金を取られるのは不愉快〜〜』とか言うような人も増えてしまうかもしれない。
2007年02月03日
03:39
安斎利洋
僕が生まれたときの世界人口は、いまの半分以下です。200年前は、いまの6分の1。

これは想像を絶する、恐ろしいことです。人間はバッタと同じように大発生しているんで、少子化困った、なんて言っている場合じゃありません。子どもは少なく大事に育てる、というモードに人類全体が入らないと、あらゆる環境問題が解決しないはずです。
2007年02月03日
07:21
あおいきく
レヴィ・ストロースの『悲しき熱帯』に、「人間は、それ自体が一つの機械、恐らく他のものよりはより完成された機械として立ち現われ、原初の秩序の風解を促し、強力に組織されている物質を、絶えず増大していつかは決定的となるであろう無活力へと、追い遣っているのである」とありますが、あるいは、大臣の頭の中にこの一文が過ったのかもしれない。
だとしたら、発言全体のあの見識のなさはどうかしていますが。

日本の人口は、2035年以降は100万人ずつ減るという試算もあるようですが、問題は少子だけでなく高齢化で生活インフラの維持すら危うくなることだと思います。
社会全体がサバイバル・モードになる中で、深い洞察もなく「美しい国」をめざしている様子が何とも頼りない。
2007年02月03日
07:26
中村理恵子
>僕が生まれたときの世界人口は、いまの半分以下です。

ええええ、ええ、え、えー。
そなの?
そのうえ、その一人一人が、幸せを安全に住み食い眠ることに価値を定めてモノ消費に求めたら、人間という種は、地球にとっちゃたまんないなー。
いらねってことに?

2007年02月03日
08:46
machiko
私の学生時代は、エチオピアとかビアフラとか大飢饉があったので、これ以上世界人口を増やすのは罪悪だ、という意識は相当多くの人が共有していたと思います。
私の周辺にも、だから子どもは持たない、という選択をした人は少なくなかった。

ピーター・フォルデスがカナダのNFBで制作したアニメーション"Hunger"(飢餓)(CGで初めてアカデミー賞にノミネートされた作品)には、当時の心ある人たちの共通意識が反映してます。

第2次大戦後、いわゆる先進国はどこも人口が減少していったので、単純労働は移民で賄うようになったわけですよね。

日本は、ブラジルの「日系」人を例外として、移民の受け入れを拒否し、純血主義を保った上で、自国の年金政策、老後対策が破綻するから、子どもを増やせと言っている。

まったく国際的な視点が欠如している国だ、と思います。
なにが「美しい国」だ。
2007年02月03日
10:49
中村理恵子
>なにが「美しい国」だ。

(笑)
2007年02月03日
12:32
子供をつくるかどうかは社会的問題として扱うことも必要なのだけど、そういった心配は昔から繰り返されてきたことなのではないでしょうか。
戦後の混乱で子供をつくるのは、とても勇気が必要であったはずだし、心配事は今よりもはるかに大きな物であったに違いないと思うのです。
それでも右上がり経済を支えた先人達や後生の人達は、現代人をどのように位置づけるのでしょうか。
きっと、何につけ社会の責任に押しつけ、政治家を批判する神経症的な世代と認識されかねない気がするのです。
政治批判自体は必要な態度と思うのだけど、機能的なシビリアンコントロールが行われるためのシステム作りを先導する人物の出現が待たれると思うのです。
勿論、それが現代の政治家ではなくて。
そうなれば、恐らく、シビリアンコントロールを監視する政治家が現れるのでしょうが、それはオンブズマンでなく、何と呼べばよいのでしょうか。
2007年02月03日
13:53
安斎利洋
自分が生きているあいだに、人口が倍になって、またもとに戻ろうとしているというのは、つまり自分が大発生バッタの一匹だということですね。

「少子化」という言い方は、それ自体がアスペクト盲をひきおこす専門用語で、問題なのは少子化じゃなくて変化の速さだと思う。

坂を上るのは簡単だけれど、降りるのは大変、というのは、初心者がスキーのリフトで頂上まで上がってしまうようなものかも。
2007年02月03日
15:23
安斎利洋
レヴィ・ストロースが言う機械は、個々の実存を超えて考える構造のことをいっているのかもしれません。防衛知識人のエピソードの肝要は、違和感を感じていた女性研究者が、自分もその用語で考え始めていた、という点です。彼女が考えているのではなく、彼女をとりまく構造が考えている。

政治家が考えているのではなく、政治のジャーゴンが考えている、という捉え方をしないと、いつまでたっても操縦者だけ交代しているダメな飛行機のようになってしまう。
2007年02月03日
20:28
H.耕馬
>人間はバッタと同じように大発生しているんで、少子化困った、なんて言っている場合じゃありません。

映画MATRIXの中でのエージェントスミス曰く、
人間はその宿主と共存するのでは無く、宿主を殺してしまうまで繁殖するウィルスと同じ、と断じています。
2007年02月04日
00:21
生み増やす必要はもうないと思うけど、かと言って「生む機械」と言われてきた前近代的な環境が、今もって日本にあるということはより明解になったし、人口が減ってもなりたつ社会モデルやシステムを考えることと、子供を安心して生んだり、きちんとした教育を施すことは、並行して行われるべきことなんだと思う。
夕張市のように、財政があぶないから、それぞれ7校とかある小中学校を一校ずつに統合するとか言うんじゃ、もうどうしようもない。。
2007年02月04日
00:50
安斎利洋
近所に子ども嫌いの老人がいて、苦労したことがあります。子どもたちがマンションの中庭で遊んでいると、うるさいと文句を言う。子どもはみんなのもの、公共で育てるものだと思う。なにか手を貸すべきだ、ってことじゃなくて、I hear babies cry. …… What a wonderful world. みたいな幸福感は、人類として生きている以上、共有したい。

最近気になるのは、子持ちと子持たず(子産みと、子産まずというべきか)とが、互いの利害で対立して、いわば子持ちデバイドみたいな状況を見かけること。子どもを産まないのも、子どもを産むのも、それぞれ自分勝手にすぎないようだけれど、実はどちらも勝手じゃなくて、割り当てられた自然の理性なんだと思う。
2007年02月04日
00:51
安斎利洋
>宿主を殺してしまうまで繁殖

人間のホストは、まだ生きてるんだろうか。
2007年02月04日
09:27
H.耕馬
人間のホストは、「地球」という生命体だと思うケド。。。

地球の人生残り5分という時計があります。
http://blog.goo.ne.jp/katu1961/e/d5d80179404d909baa6976eb1abb0dfb
http://www.afpbb.com/article/1249805
http://www.asahi.com/international/update/0119/001.html
2007年02月04日
13:27
安斎利洋
「地球の人生残り5分」まだ生きているわけだ。「お前はもう死んでいる」、のかもしれないけど。
2007年02月04日
13:38
安斎利洋
Mikeさんが、柳澤発言の問題部分の「テープ起こし」をあげてくれています。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=336684456&owner_id=131001

問題は語彙じゃないですね。「子どもを産まない女は壊れた装置である」という思想が根底にあるし、それはどう言い換えても変わりそうにない。
一歩進んで「子どもを産まない女のいる社会は壊れた装置である」と考えるかどうか。僕は違うと思うけどね。
2007年02月05日
22:32
うさだ♪うさこ
日経系列のサイトのコラムで、男性が仕事で忙しすぎて、
女性にかまう元気もない (もっと直截的ないい方してましたが)
のも一因なんだから、女性に責任を押し付けるだけでなくて
そこもなんとかしなけりゃだめじゃないか、っていう見解も
ありました。
うんうん、男性もかわいそうなんだねぇ、って感じ。
2007年02月05日
23:26
安斎利洋
「産む機械」は女性蔑視の問題になってしまったけれど、女性の問題にしてしまうと、本質が見えなくなるんじゃないかな。

以前、森喜朗が首相だったときに「子どもをたくさんつくった女性に国がご苦労様でしたと言って面倒を見るのが本来の福祉です。ところが、子どもを一人もつくらない女性が、税金で面倒見なさいというのは、本当におかしいですよ」と発言して問題になりましたが、同じ考え方ですね。さすがに森さんの発言はおバカで、装置などといわないだけにわかりやすい。

国民は国家の役にたたなくてはならない、という思想が根底にあって、役に立たない国民は福祉の対象としてカウントしたくないんですね。それは主客転倒です。
2007年02月06日
01:40
jetson
あの個人主義の固まりのフランスでここ3年連続出生率が増加している、というニュース。
終にヨーロッパも人口減少の底値を打って、大きな自然の理性が働いたんでしょうか?

確かに、フランス、イギリスは以前より街中で子供を見かけることが多くなってきた気がします。

出生率が減少していることと同時に、世界レベルを誇る?自殺率増加のこの国って、やっぱりバランス取るために調整されているんじゃないでしょうかね?
http://www.npa.go.jp/toukei/chiiki4/jisatu.pdf
2007年02月06日
04:31
安斎利洋
自殺をホメオスタシスと考えたり、戦争を山火事にたとえるのは、たぶん柳澤流ではありうるんだけれど、違うと思んですよね。

人が生まれるというのは、確率的な現象です。子どもができるというのは「当たり」なわけですから。うれしい人にも、困っちゃう人にとっても。

しかし、人は確率的には死なないと思うんだよね。ガンになると5年生存率、みたいに死を確率的に考えるのは普通のことだけれど、そもそもそこで死を確率的に考えるところが、医療の間違いだ。
2007年02月06日
08:11
中村理恵子
ああ、あほらし

この人口問題にしてもなんにしても、この国家意識みたいなもの、
あの「芸術はバクハツだ!」@岡本太郎が、語った一文に次のようなものがります。

「エミール・ゾラの小説『デバークル』に普仏戦争のシーンが出てくる。ドイツ軍とフランス軍とが対立しているまん中で、フランスの農民が畑を耕している。その百姓が、ア・コア・ボン・ド・ベルドル・アン・ジュール、つまりなんで一日無駄にしてもいのか、といって働いているんですね。それがいまからたった百年ばかり前の話ですよ。今日の戦争になるとそれどころじゃない。全部が巻き込まれて殺されちゃう。ということは、いまの国家意識と十九世紀以前の国会意識とは実に違う。」

歴史的な時間を巻き戻すことはできませんが、しかし、ヒントはありますよね。
子どもを作るために、異性と出会うわけじゃないですよね。
それともそういうこともある?
ともあれ、
この100年前のフランスの農民のように、ドンパチやってようがなんであろうが、まず、自分の足元だろ。
畑を耕す;自分が生きるため、個人的な営み。
子どもをもつかどうか?この耕す畑と人の日常のように、存分に自分に引寄せていいことだと思うんですよね。
プライベートなことです、極めて。

全体を巻き込むような、それも国家という旗印、それもほとんど詐欺としか思えない、将来とか未来とかの予想のもとに公然と、そしてその論議がマスコミでもう何週間もつづくことは、なんていやらしいのだと思いますよ。
2007年02月06日
10:52
smi
はなしの筋の外側で恐縮なんですが、
なにか、「将棋大会」で名人級のプロ棋士が50人のアマチュア棋士を相手に、てきぱきと指しているような、感じが。
安斎さんの議論が、相手によって微妙に指し手を変えてきたり。うまいなぁと関心したり。
ぼくなんか、飛び入り小学生で、ひとひねりですが。
で、
こちらの中村氏のほうは、一振り千人斬りのような
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=337707916&owner_id=64544&comment_count=11
さすがは、武道の達人。。
2007年02月06日
17:52
安斎利洋
いや、連衆が一流だから、思いもよらない「結合知」が生まれるのだと思います。はじめは単純な「専門用語」による「アスペクト盲」の話として始めたのに、実は「国家」そのものが「アスペクト盲」なんだと、発見してしまった。

あおい菊さんが提供する知識へのタグも、刺激的。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=338820908&owner_id=464033

>なんていやらしいのだと思いますよ。

いやらしい、は岡本太郎用語だよね。
2007年02月08日
07:48
smi
>いや、連衆が一流だから、思いもよらない「結合知」が生まれるのだと思います。
「将棋大会」のように見えたのは安斎さん対(多)の図式しかみえなかったからなんですね。

>あおい菊さんが提供する知識へのタグも、刺激的。
>http://mixi.jp/view_diary.pl?id=338820908&owner_id=464033
あおい菊さんのように、他のところに派生しているんですね。相互リンクしているとそれが見えてくる。

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