安斎利洋の日記全体に公開

2005年06月17日
02:18
 私は鏡を映している

写真
『私は鏡を映している』

1988年に、レイトレーシングやセルオートマトンやペイントシステムなど、自作のプログラムだけを使って作ったCG作品。ネガ反転した人物と、反転前の鏡像との関係がミソ。「鏡が私を映している」ではない。
歌田明弘さんが、著書の装画に使ってくれたことがある。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4883094243/250-7508392-3109857

なぜこれを思い出したかというと、星座作用に投稿されたyfujitaさんの
『ヒトは細胞の中から見られている』
写真

ヒト染色体のなかに、たくさんの目がある。ぞくぞくした。

 

コメント    

2005年06月17日
10:46
中村理恵子
日常のね目線で生きてると、グットデザインとか、便利とか、必要なんだか?
どーでもいいものであふれちゃって、
まるで描きすぎた絵画みたいになっちゃうんだけど。

yfujitaさんの本業世界のとっておきは、
日頃なかなかみられないものばかりなんだろうけど、こうした極めて専門的に尖がった先っぽってのは、本当にドラマチックな世界が拡がってるんだね。
いやー、今回ご一緒できたことに、
ものすごくわくわくしちゃう。
2005年06月17日
16:54
逆に、安斎さんの作品を見て投稿した写真を想起した。

カンブリアンの樹は、
n個の写真があれば、理論上は、
(A×B)1×(C×D)2…(Y×Z)n
通りの組み合わせが可能で、今見えている系統樹も一つの表現形と見なしえる。

だが、いくつかの画像どうしは親和性が高く、単なる偶然ではない偶然にこそ味わいがある。

安斎さんの作品をみて、これも一種のセレンディピティーであると感じた。
(←1度使ってみたかったが、ちょっと無理がある。)
2005年06月18日
00:15
社長
目、すごいですねー
宇宙人みたいです。
2005年06月18日
01:11
miyako/玉簾
身体アパート説を思い出しました。
えーと、うろ覚えですが、
『身体は、細胞さん達のアパートみたいなもので、窓からゴミ捨てちゃうような、なってない細胞が一人いるとする。隣、ご近所が、そのゴミを片付けたり、本人に注意したりして、まあ、いい感じの町内は健康区域。
でも、窓から外にゴミすてても、落書きして、誰も注意しないし、お掃除もしないアパートは、当然のごとく荒れすさみ、そこは、何らかの病気のもとになる。』という話です。
身体の中にある指令系統は、休みなく動いていて凄いなと思います。
2005年06月18日
11:07
>社長さん
そうなんです。
自分達の中にある1つ1つの細胞すら、こんなに宇宙人が大勢いるので、「私は誰?」というレベルどころではないんです。
最初この画像を撮影した時、
「こんなモノ撮っちゃって良いのか?自分がますます怪しく為っちゃうじゃないか。」
なんて感じたのを憶えています。ははは。
2005年06月20日
01:40
社長
ミトコンドリアは寄生生物だったって言う説を思い出しました...

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