安斎利洋の日記全体に公開

2006年07月18日
14:26
 400字5000円
「文章は、正しいテンポで読むときだけ、理解することができる。私の文章は、すべてゆっくりと読まれるべきだ。」ウィトゲンシュタイン MS134 76:28:3.1947

文章に楽譜の速度記号をつけるとしたら、いま世界にあふれている文章はほとんど「presto」だ。

というのも、いま商業的に飛び交っている文章のほとんどが、400字5000円というように量り売りされているからで、ゆっくり、立ち止まりながら読まれるべき lento な文章は、二束三文にしかならない。書き飛ばすライターじゃないと、食っていけない。その仕組みが、逆に adagio や largo なテクストなんか「よくわかんねぇ」という読者を育ててしまう。

原稿料の問題で、ブログ連載をやめたという話。
http://www.actiblog.com/ugaya/7007
烏賀陽さんは、AERAの編集者だったとき(15年くらい前?)、何度か取材にきて、サイバーテロの話などで盛り上がった。その頃、サイバーテロなんてことを想像できた人は、僕らくらいしかいなかったと思う。

文章を売るということそのものに、彼が切り込んでいくことを期待。
 

コメント    

2006年07月18日
14:52
はらこ
サイト運営側の立場を考えると、ユーザーがただでコンテンツを作ってくれるCGM系のサイトとも競う必要がある以上、プロのライターだからと言って高い原稿料を払うわけにはいかないと言うことなのでしょうか?

石油にしろ銅にしろ「物」の値段がどんどん上がっていく一方で、知財の方の価値はどんどん下がっていくというのが21世紀(少なくとも前半の)傾向なのではと思います。
2006年07月18日
14:58
大富豪家2.0
この人ですか...
http://www.hondana.org/C1FDB0E6/4198618844.html

> カツブシ食べてニャー

...
2006年07月18日
14:59
kazu
400字書くために、材料仕込みとなる、資料や情報を収集して、取捨選択をし、文章を組み立て、編集し、何度も推敲し、挙句、一日400字書けない日もざらにある。

求人誌のフリーペーパーを見ると、コンビニ、ファミレスの、時間単価が千円前後でしよ?今や、肉体労働の方が、時間単価が高いって事ですね。

そういえば、見渡す限り、売文業が花盛りですものね。
2006年07月18日
14:59
安斎利洋
特権的な作者の時代は、終わったんだと思います。

でも逆に、選ばれることのない知識は、人類の財産にはならない。
2006年07月18日
15:03
安斎利洋
>この人ですか...

そうですそうです。そんな本書いてんですね。

>見渡す限り、売文業が花盛りですものね

確かに見渡すと、誰かしら「入稿」だの「校正」だの「書けない」って日記を書いている。
2006年07月18日
15:12
kazu
最近の日経新聞のコラムも、芥川賞・直木賞作家をそろえているのですが、

自分の病気ネタや、家族ネタを延々と展開するのが多くてウンザリ気味。あんたら、こんな事書いて、金貰ってんのって、言ってやりたい位。これも、売文家よね。
2006年07月18日
15:17
安斎利洋
それ、ありますね。雑誌なんかで身近な話を書いているエッセイなぞ読むと、そんなことブログで書けよ、と思うようになってしまった。エッセイには、消しゴム版画をつけるくらいのプラスアルファの芸がほしいところです。
2006年07月18日
15:28
はらこ
>でも逆に、選ばれることのない知識は、人類の財産にはならない。

コンテンツ作成に十分な資本投下が出来なくなれば、悪貨が良貨を駆逐するなんて事態もありうるのでは?

この問題、ライターさんだけではなく、エンジニアリング方面にもいずれ及んでくるような気がしますね。ソフト関係はとっくに儲かる商売じゃなくなっていますし。

この状況を表現するのに知財デフレって言葉を考えついたのですが、既に情報デフレという言葉があるようですね。
2006年07月18日
15:42
安斎利洋
誰でも料理を作るけれど、みんなレストランへ行く、というようなモデルが理想なんじゃないかな。

忙しいときに、ちょっと代わりに脳を使ってくれる近所の頭脳があったり、年に何度かいく高級店のような頭脳に、ちょっと投資してみようか、というような。
2006年07月18日
16:06
大富豪家2.0
テレビやGoogleみたいに、コンテンツはタダで周辺で儲けるというビジネスモデルが問題の根源なのかもしれませんが、マンガや音楽はかなりの才能が必要なせいか、状況がマシな気もします。ウガヤ氏が書くような記事は誰にでも書けると判断されているなら原稿料が安いのも仕方ないのかも。
2006年07月18日
16:11
にしの
印度まで猿と歩き続けた三蔵法師の時代から考えると、文字や知識の価格は急激に下がってしまいました。メディアが命がけレベルに高価であったときには、そこに乗せるべきモノも相応に高価でなければなりませんでした。幾らでも文字を垂れ流せる現状が、そこに乗る情報の価値を引きずり落としています。

逆説的に考えると、肯定的な意味での権威付けこそが、形の無い知に価値をつける仕掛けなのかとおもいます。相応に高価なメディアの構築が、知識の復権に役立つのではないでしょうか。

Webの有料ページなどはその例かもしれませんが、感覚的に無料のインターネットのストリームに乗って運ばれている時点で、微妙な違和感をぬぐえません。ではどうすれば良いかも分かりません。

蛇足ながら、社会財産としての知の普及はまた別の話として考えないといけないと思います。知の価値は高いままにして、社会が負担するのがよいでしょう。教科書の無償配布は続けなければなりません。
2006年07月18日
16:30
安斎利洋
>コンテンツはタダで周辺で儲けるというビジネスモデルが問題の根源なのかもしれませんが

著作権というのは、ほとんど著作隣接権の縄張り争いなんですね、実態は。
copyrightも、もともとコピーする複製者の権利だし。

評論のような一次情報を再構成する二次情報は、一見誰でもできるように見えるし、検索するとコンテンツについてのコンテンツだらけだから、本当はもうそこに縄張りがない。技術の解説本なんかも同じ構造で、技術誌がつぶれる理由は、そこかもしれません。

二次情報を一次情報にする工夫のない人は、忘れられる運命にあって、それはしかたないと思う。
2006年07月18日
16:35
安斎利洋
>形の無い知に価値をつける仕掛けなのかとおもいます。

これは、民主主義と同じくらい実装困難な課題です。
基本的に人気のあるものには価値があるんだけれど、居心地の良い場所にしか座らない人は、新しい場所を発見しないということになる。居心地の悪そうな良いものに誘導する人は、どうしても必要です。《異端》問題ですね。
2006年07月18日
16:43
安斎利洋
>二次情報を一次情報にする工夫

たとえばjava scriptの解説本は誰にでも書けるけれど、サンプルプログラムが大ヒットしちゃうと一次情報になる、みたいなことです。
2006年07月18日
17:09
にしの
> 二次情報を一次情報
昨今は、三次情報を書いて、二次情報でござい、とする人が多いので本当の二次情報の価値が落ちているのだとおもいます。

それにしても「知」の値段はむずかしいですね。そもそも「値段」がむずかしいです。
2006年07月18日
17:39
安斎利洋
そもそも貨幣が、モノと交換する価値でしたからね。行為や情報はモノとしてイメージできなくなると、値段が難しくなる。

以前、腰をいためたときにWebであれこれ調べたとき、三次情報の多さには本当に笑ってしまいました。病気や料理の情報は、完全にシミュラークル状態です。誤字まできれいに再利用されている。
2006年07月18日
21:15
godzi2
読みました。
なんかとっても不快。
調子づいてるリーマンやプーが、寄ってたかって弱みを見せた奴をなぶっている。
私は「才能」なくって「貧乏」な、うがやさんの側にいる人間(フリーランス)なので、彼を批判してる奴らを無条件にぶちのめしたい。

彼がやったのは、何も出版業界での値付けをどうするかとか、知財がどうたらとか(自分で書いてるところがやばいんだけどさ)いう難しいことじゃない。
大の大人が時間使って仕事して、子供の小遣いくらいの金しか払わないってのが正当なのかどうか?という、とってもシンプルなことなんじゃないの?
しかも払う側はでけえツラして経済原理がなんたらかんたらわけの分からないこと言いながら、でっかいデスクの向こうに座っている。しかもライターの何倍だか何十倍だかの金取って。
こういうのは難しい経済以前の問題なんじゃないの?

例えば発展途上国の人らに、彼らはこういうことが言えるのか?
あんたんとこは生産性低いから、貧乏人が死んでも仕方ないんですよ。人が減ればそのうち縮小均衡していきますよ。極端にいえば、そういうことなんじゃないの?

会社に帰属してるだけでのうのうとしてられる奴、才能なんか問われずただ処世術だけで生きていける奴、そういう奴がこの国では勝ちなんだよね、きっと。
だったらそうでないわしらは、彼らと戦うときに方法もやり方も選んでなんかいられない。
「情報公開」の旗印のもと、自分たちの原稿料や演出料や製作費など、みんな白日のもとにさらしてしまえばいい。もっといいのはうがやさんみたく名前なんか出さずに、匿名でばりばり暴露すればいい。信義だの何だの寝ぼけたこと言ってる奴らの目を覚まさせるためにも、そういうことしたほうがいいと思うけど!
2006年07月18日
21:33
kazu
朝日新聞のサイトを見ると、「月刊アスキー」が8月号で臨時休刊し、10月発売の12月号からITビジネス誌として再出発すると報じている。

曰く、PCは誰でも使いこなすようになったかり、創刊以来の目的は達したから、今後は脱PCで、とのことです。

会社に属している社員も大変なようですよ。

アスキーは原稿料も高かったので、随分稼がせてもらったPCライターもいたようですから、そんな彼らも、上手く時代に適応してくれれば良いのですが。


2006年07月18日
22:51
小林千早都
がっちり稼いで家建ててさいなら〜した人もいれば、
時流に流され泣く目に遭っている人もいる。
うまく時流に乗っていった人もいるし、
いまだに高給で(?)しかるべきメディアを見定めて
きっちりライターを続けている人もいる。

そういうもんやないかなぁ〜と、ややヒトリゴトモード。
2006年07月18日
23:16
大富豪家2.0
「朝日」にいたというプライドみたいなものが原稿や言動の節々に感じられるので叩かれるのでしょうね。純粋に原稿料の現状を憂う話だったら誰もが同意するでしょうに。昔いた会社とか学校とかにプライドを感じるという感覚は理解できませんが...
2006年07月19日
00:06
安斎利洋
>godzi2.0
フリーにとって仕事の評価はすべてお金だ、というロジックがなかなか純サラリーマンに理解されない、という経験は僕もあるし、正論だと思うけれど、本当は仕事の価値を決めるのは消費者っていうか、ライターの場合は読者ですよね。読み手にとっては、書き手がフリーだろうが社員だろうが関係なく、つまらないものは読みたくない。ダメな会社やダメなフリーは、どうなろうとどうでもいいな。

>ASCIIの話
知らなかった。
職業的なライターという職業が拡大したのは、おそらくここ40年くらいの雑誌の時代のせいだったわけで(マガジンハウスという会社の歴史がそのくらい?)、良質のライターもいたけれど、デタラメなライターもたくさん作ってしまった。淘汰の時期がきても、しかたない。というか、出版系フリーくらい、仕事を変えるのが上手な連中も少ないから、大丈夫です。

>「朝日」にいたというプライド

有名大学にしても有名企業にしても「なんとか賞受賞」にしても、たいていの権威は、その成り立ちを調べると笑えますね。烏賀陽さんにも反転したプライドがあるかもしれません。でも、ああいう暴露は必要です、読んでないけど。
僕なんぞは、なんのお墨付きもライセンスももっていないんで、常に素手で評価をかせがなくちゃならないので、ずっと大リーグボール養成ギブスをつけている感じです。
2006年07月19日
01:01
MATANGO
>印度まで猿と歩き続けた三蔵法師
ぜんぜん話題の流れと関係ないような気しますが、にしのさんのこのコメントが、ツボにはまってしまって、ずっと笑いがとまりません...。

このわずか1フレーズで、値千金....。
2006年07月19日
02:04
godzi2
>フリーにとって仕事の評価はすべてお金だ

なんて思ってないです、私は。

>本当は仕事の価値を決めるのは消費者

なんていうことも思ってないです、私は。
2006年07月19日
05:06
小林龍生
職業文筆家が「もの書き」という言葉を使うことがあって、ぼくは、なぜか、この言葉にいやな感じを抱く。「わたしももの書きの端くれで」云々。
むかし野々村一雄という経済学者が『学者商売』という本を出したことがあって(今、著者名と書名をGoogleで確認したら、何とオンデマンド本でまだ入手可能なことが分かった)、ぼくは、なぜか、この《学者商売》という言葉に、ある種の潔さを感じる。
10年近く前、JISやUnicodeに対する文字コード批判が猖獗を極めていたころ、ぼくは、その矢面に立たされていたのだけれど。
文藝家が必要とする漢字はすべからくコンピューターで扱えるべきである、それを実現できない情報技術は文化破壊である、といった一方的な批判にじっとこぶしを握りしめて耐えながら。
JISは高校までの教科書で必要とされる漢字はすべて採録する方針なので。
「文句があるのなら、教科書に載るような作品を書けよな。黙っていてもJISになるから」
と心の中で毒づいていた。
2006年07月19日
05:15
小林龍生
もう一つ。
ずうっと昔、まだ、小学館に勤めていたころ。編集者としての師匠と尊敬している中野幹隆さん(『現代思想』や『エピステーメ』の創刊編集長)が、筑摩書房の倒産に関して言った言葉。
「小学館や講談社の社員が高い給料を取るのはまだ分かる。やりたくもない仕事をやって読者に媚びを売っているのだから。しかし、筑摩書房の社員は自己満足で本を作って、それで高い給料を取っている。倒産してもしかたがない」
ま、結局、ぼくは、小学館を辞めたわけだけれど。
昨日、顧問会計士と定期打ち合わせの後食事をしていて(妻も長男もいっしょだった)、ぼくが「Income per Stress」(要は収入はしょせんストレスの対価で、収入とストレスの比率を最適化するのが、幸せに生きるコツ、みたいなことを言ったら、やけに受けてしまった。
2006年07月19日
07:12
godzi2
>文句があるのなら、教科書に載るような作品を書け

>収入はしょせんストレスの対価

ここまで行くと、もうどうにもならないよね!
さいなら!
2006年07月19日
07:13
びすけっと
400字5000円を払えるようなWebの仕組みってそんなに難しいの
でしょうか.ブログじゃなくて,編集者がちゃんと目を通した,
質が保てる原稿だったら,流通コスト等を削減できるから,
本来ならもっと高く払える気がする.
2006年07月19日
08:10
中村理恵子
>確かに見渡すと、誰かしら「入稿」だの「校正」だの「書けない」って日記を書いている。

ははは。
すいません。
昨日、とーとー入稿。
自分の作品周辺のことを10年に一回ぐらい書くことはいいことかもと思いましたよ。
して、大好きな網野史学を存分に頭冷やしながら、アイス食べながら、この盛大な雨音をばっくに満喫。
しかしにわか執筆に耐える脳細胞の足並みそろえるだけで、時間かかった。
常にこのエンジンが温まった方々ならではの、このコメントの流れですね。

しかし、godzi2 さん、小林龍生 さん、安斎利洋さん、それに哲学書房の中野さんあたりで、一昼夜対談やらせてみたいですね。
いかがですか?
鵜原海岸望む、三島由紀夫や、与謝野晶子が愛した理想郷あたりの一軒宿あたりで?
あたくしは、崖下の穏やかな海辺であわび、さざえなどを漁って実況をときどき拝見したい。(ずるいね・笑)
うーん、しかしメンバーにもうちょっと異質な粒も2粒くらい混ぜたほうがいいかな、、、、なんて(夢想)。
2006年07月19日
09:42
中村理恵子
冗談は、さておき(↑想定メンバーちょっと濃すぎて暑苦しいかも)。
しかし、最初から依頼されて書くものにしても、自分の‘活き‘
をかけてテーマ設定からすべてをコントロールして執筆するにしても、
それをどこに入稿して、どこから対価が支払われるということがはっきりしていても、いなくても
この業界の、市場がいま大揺れだってことでしょ。
ネットやデジタルのおかげで。
ブログもあるし、こうした場の日記もあるし。
たかがブログや、たかが日記として無視できない密度と質もあるし。
その逆に、おおいなる錯覚の増殖もすさまじい。
やっぱりこの出版業界というのは、長い間安定した動きのない、掟のわかった人々のめくばせて動いてきたのではないでしょうか?
それがいま、大異変。
やはり、市場ってのは本来、動きのあるところでないと廃れると思うんですよ。
だとすると、この出版世界に走っている大激震ってのは、これ、いい兆し;進化じゃないの?

2006年07月19日
09:45
ichiya
彼は大学の音楽仲間の2年後輩です。独立してリスクぬかるみ道を進む一方、今もライブハウスで脳天気なベース弾いてます。ベース弾いてるときのウガヤが一番ウガヤらしいです・・・
2006年07月19日
12:12
安斎利洋
>「Income per Stress」

人間はたいてい、いちばん楽なソファをみつけて、そこに座ると(照明にあつまる虫みたいに)抜け出せなくなるから、ストレスはソファ脱出の契機でもある。するとお金もらって、自分のためになるストレスをゲットする、という考え方もある。

もっともこの考え方だと、最適値は income と stress が無限大に発散するんだけど。
2006年07月19日
12:12
安斎利洋
>godzi2

キミのストレスが、そのままお金になったら、キミは大金持ちになれる。
2006年07月19日
12:17
安斎利洋
>流通コスト等を削減できるから, 本来ならもっと高く払える気がする.

人間って、価値を内容で判断しないで、かかったコストで判断するようなところがあるから、コストのかかっていないものを誰が買うか、という問題をどうするかですね。
2006年07月19日
12:20
安斎利洋
>だとすると、この出版世界に走っている大激震ってのは、これ、いい兆し;進化じゃないの?

出版は、本という物を作って流通する、という擬態に乗って情報を売る仕組みだから、それはそれで人間のやる隠喩的な行動だと思うんだよね。
直接売る、じゃなくて、別の隠喩を見つければいいんだと思う。だから、それに気づいた人は、進化のチャンスをつかむんじゃないかな。
2006年07月19日
12:21
安斎利洋
>ichiyaさん

そうなんですか!
うがやさんに、われらの声援をお伝えください。
2006年07月19日
12:49
佐々木俊尚
メディアとしてインターネットがリプレースしつつあるのは、主には雑誌。おそらく雑誌はネットのローコスト破壊に巻き込まれて、今後収益を上げられなくなっていく可能性が高い。でも書籍は、ネットには置き換わらないので、今後も生き残っていくんじゃないかと思います。電子書籍という別のコンテナーに変わることはあるかもしれないけどね。

だから僕自身は、ネットで収益を上げることはとうにあきらめて、ネットでパブリシティをして書籍で儲けるという方向にシフトしつつある。雑誌の仕事は徐々に減りつつあるという感じですかね。
2006年07月19日
12:56
大富豪家2.0
連載してた雑誌が全部つぶれちゃったのを見るとヒシヒシ感じますね。
2006年07月19日
13:35
安斎利洋
メディアとひとことでくくってしまうけれど1「情報を運ぶ装置」という意味と「情報を作る装置」という意味があって、雑誌は前の意味に傾いていたから、ネットにやられてしまったんでしょう。書籍はまだ「知識を鍛える装置」として認知されている。

でも、雑誌こそ新しい「文化を醸造する器」だったんですけどね、乱立する前は。
20世紀には雑誌のもとに集まった文化運動がたくさんありました。それを、ネットでどう代替できるか。そこが課題だと思う。
2006年07月19日
15:04
佐々木俊尚
雑誌は集積だけど、ネットは拡散ですよね。中央集権的にコアがある紙の雑誌に比べて、ネットは外へ外へと向かおうとする。そこに求心力を作れるかどうか。

あるいはどんどん拡散していくんだけど、読む側(参加する側)が主体的にコンテンツを拾い集めることによって、そこで拡散するメディアの中から何らかの意味をすくい上げていくような、あらたなムーブメントのパラダイムになることも可能性としてはあり得ると思います。
2006年07月19日
15:52
安斎利洋
書籍は、書籍から書籍に継がれる息の長い対話で、これは「本」というモノとは関係なく続いていくと思う。

雑誌も、モノと関係ないところに心的な求心力があるから、緊張感が生まれるんですね。
ネットは、対話的だけれど、いわば電車の中の会話を乗り合わせた人が聞いているような、緊張感のない世界。そこに、どうやったら「ハレ」というか、「カーニバル」を作るか、ということだと思う。最近の雑誌は、みんな「ケ」になってきてましたね。

カンブリアンを通してずっと考えているんだけれど、どうやったら強いハレを維持しながら、即時的なメディアになれるか。
2006年07月19日
16:29
あおいきく
今頃、昨年のSONYのブログ炎上という事態を知りました。
あれも一種の「ハレ」「祭り」なんでしょうが、負へ向かうエネルギーも強いですね、ネット。

>あるいはどんどん拡散していくんだけど、読む側(参加する側)が主体的にコンテンツを拾い集めることによって、そこで拡散するメディアの中から何らかの意味をすくい上げていくような、あらたなムーブメントのパラダイムになることも可能性としてはあり得ると思います。

私も同じような感じを抱いていましたが、うまく言葉に出来ませんでした。世界の再編集というか、そこにいちばん興味があります。
2006年07月19日
17:08
安斎利洋
僕の仮説ですが、

ハイパーテキストはテキストとテキストのリンクだけれど、本当はテキストを書き換える者と、テキストを書き換える者同士のリンクが確かになってはじめて、しっかりしたメディアになると思う。ソーシャルネットがうまくいっているのは、原始的だけれど、それが実現しているから。

ブログって、まだテキスト対テキストのリンクのモデルで考えているから、ソニー炎上みたいなことになる。ソーシャルな組織化を促すブログの仕組を設計しないと、次の世代のテキストを担えない、

と思うんですよ。
2006年07月19日
17:22
安斎利洋
批評業界ではテクスト、っていうんですけどね。
2006年07月19日
21:30
佐々木俊尚
SNSはソーシャルネットワーキングサービスではなく、SN(ソーシャルネットワーキング)というインフラになっていく。つながること自体が目的のSNS=mixiだけではなく、SNというインフラの上で何か別のことを目的としたサービスが生まれてくるべきだ、というのが最新のSNS論で、たとえばMy Spaceなんかはそこを実現させようとしていますよね。

SNの本質というのは「自己の属性(情報)をある程度開示した上で人とつながる」というものであって、自己情報開示のないつながり方である2ちゃんやブログとは決定的に異なっている。今後、負の方面に進まないでポジティブにコンテンツを生成していくような仕組みの可能性を考えると、やはり2ちゃんやブログではなく、SNというインフラを使った情報のやりとりに向かわざるを得ないのではないかと思います。
2006年07月19日
22:13
安斎利洋
僕は、mixiの本質がSNなのか、それともmixiのサービスがサーバーという城壁の中に作る安全なのか、そこが非常に気になっていて、もちろん城壁であっては困ると思っているんですが、そこのところは佐々木さんどう思いますか?

それから、企業のサービスなしで「自己の属性」の保証をするにはどうしたらいいのか。
2006年07月20日
03:51
はらこ
>「自己の属性」の保証をするには

VeriSignなどから階層的に証明していくシステムの代わりに、
各自が自分の証明機関をネットに公開して、それを相互に認証しあうシステムを作るのは難しいですかね?

P2P型の証明機関が実現できればあと何とかなると思うんですが...
2006年07月20日
09:10
佐々木俊尚
mixiは閉鎖的な雰囲気を色濃く出してしまっているから、サーバの城壁のように見えてしまう結果になっているんじゃないでしょうか。今後、SNとしてインフラ化していくためには、何らかのかたちでインターネット空間に向けてオープンになっていく必要がある。でも過剰にオープンになるとそこにはネガティブな要素も招き入れてしまう危険があって、バランスが難しいですよね。GREEなんかはそのあたりを果敢に挑戦しているような気もします。

>自己の属性の保証

かつてPGPの公開鍵をメールに貼り付けるのが流行ったことがありますが、いつの間にか廃れましたね……。
2006年07月20日
13:44
安斎利洋
>各自が自分の証明機関をネットに公開して、
>それを相互に認証しあうシステムを作るのは難しいですかね?

interwallのときからずっと考えているんですが、ボトムアップで信頼を確立するのは、正しいという概念自体が相対的な価値だから、原理的に不可能なんです。しかし、運用的には可能ですね。

いちばん簡単なのは、中立的な組織がトップダウンでやりはじめて、それがデファクトになるという筋書でしょう。
2006年07月20日
13:49
安斎利洋
>何らかのかたちでインターネット空間に向けてオープンになっていく必要がある。

まずは、大富豪家さんがやっているように、mixi上の日記を検索可能な場所に書き写すというのを、自分でもやってみようと思っています。どんな問題が起きるのか。大富豪家さんは、なにかトラブル起きましたか?

mixi_backupはバグだらけなので、にわかにrubyを勉強して、昨夜バグをつぶしたところです。
2006年07月20日
14:09
中村理恵子
>mixi_backupはバグだらけなので、
え!そうなの。
>にわかにrubyを勉強して、昨夜バグをつぶしたところです。

うわっどこにも請求できない、お高い作業;ボランティアですか?
2006年07月20日
14:11
安斎利洋
mixi日記をカンブリアンリーフにしよう、ってわけさ。
2006年07月20日
14:39
大富豪家2.0
> mixi_backupはバグだらけなので、
え、そうなの!

> なにかトラブル起きましたか?

今のところ大丈夫でっす。
2006年07月20日
14:51
安斎利洋
コメントが50を超えると、先頭が表示されないというのが致命的でした。これは、日記取得のURLに&full=1のオプションをつければ簡単に直った。

あとはたいした問題はないんですが、削除ボタンをとったり、ちょこちょこっと直しただけです。
2006年07月20日
15:04
はらこ
>運用的には可能ですね。

別に大局的な信頼関係を維持する必要はなくて、自分の周囲に局所的な信頼関係の構造が作れれば十分なのでは?と思います。

要するにマイミクのマイミクをたどっていく様な関係をP2Pの証明機関ネットワークで構築できればそれでいいんではないかな?と。

例えば、僕と安斎さんがそのような関係を結んでいる状況で、直接信頼関係のない中村さんがコンタクトとってきたとします。
そのとき中村さんは自分の証明書を僕に提示する必要が有って僕はそれを自分の周囲の証明機関ネットワークにそれを投げてみて、誰かがそれを証明してくれるかどうかテストするわけです。
その証明書を安斎さんが認証してくれれば、中村さんはmixiで言うところのマイミクのマイミクに相当する関係に有ることがわかるので、それを元に私のブログなり他のリソースなりへのアクセス権を設定するようなことが可能なのではないかと。

いろいろ不正は出来そうなのでそれを防ぐ工夫は必要だと思いますが、原理的に不可能ではないのではないかと今のところは考えています。
2006年07月20日
15:13
安斎利洋
おっしゃるとおりです。interwallの基本設計に、大域変数のようにふるまう局所変数というのがあって、p2pをたどってローカルミニマムを探し出す仕組みです。実装できませんでしたが。
2006年07月20日
15:26
はらこ
>実装できませんでしたが。

さすが安斎さん。やってみたこと有るんだ。
どこが難しかったんですか?
2006年07月20日
15:27
安斎利洋
>どこが難しかったんですか?

下請けの管理。
2006年07月20日
15:30
安斎利洋
ちょっと訂正。interwallじゃなくて、スピーチバルーンでした。
http://ascii24.com/news/i/topi/article/2000/05/12/608874-000.html
http://ascii24.com/news/i/topi/article/2000/05/15/608878-000.html
2006年07月20日
15:40
はらこ
> 下請けの管理。

うっ!!

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