安斎利洋の日記全体に公開

2006年07月10日
12:48
 CGM
ブログやSNSなど、ユーザーがコンテンツを作るメディアを、CGM(Consumer Generated Media)というのだそうだ。

http://www.itmedia.co.jp/news/topics/cgmright.html

そもそもたんなる広告のモデルだし、文化は消費活動だと思うけれど、悪い言い方をすると、真摯な活動を下賎な連中が食い物にしている感覚がぬぐえない。

この言葉を聞いたときに、学校の教科にあるヒエラルキーのようなものを連想した。

つまり算数や理科に比べて、国語がやや軽視されたり、美術や体育にいたっては、かなりどうでもいい科目だと思われたりする。

コンテンツをシステムの下位システムであると考えるのは、実は大きな間違いだ。別の言い方をすると、シニフィアン(記号)がシニフィエ(内容)の下位システムだと考えるのは間違いだ。コンテンツこそ、システムだからだ。

ソフトウェア特許がうまくいかないのも、この誤解に由来する。方法が、そこから生まれるもののすべてだと考えてしまうから、どんどん根っこの方法を掴む競争になってしまう。

もし現代にコペルニクス的な転回があるとしたら、このあたりじゃないかな。科学より文学や芸術の方が偉い時代が再来しても面白い。
 

コメント    

2006年07月10日
12:58
中村理恵子
>美術や体育にいたっては、かなりどうでもいい科目だと思われたりする。

+音楽大得意の幼少期。
ずっと通信簿、わたしの人生を支えておりましたが。
これって下位;下駄部分なんですかね。
あら。


2006年07月10日
13:25
H.耕馬
なぁさんが音楽大得意だっての、始めて聞いたカモ。(*^o^*)
2006年07月10日
13:31
佐々木俊尚
おそらくGoogleモデルは、そこをねらってるんだと思う。

Adwords/Adsense広告=下部構造
Google Earthなどの面白いサービスの数々=上部構造

下部構造と上部構造は切り離されていて、上部構造は収益がなくても構わないと経営陣は判断している。いわば奴隷制という下部構造に支えられ、イデアを究極まで追求できたギリシャ哲学のようなものかな?

でも日本でいまCGMと言ってる連中は、たしかにちょっと商業臭が強すぎてなんか嫌な感じがするのはおっしゃるとおりですね。

2006年07月10日
13:39
KJ
》始めて聞いたカモ。(*^o^*)

同じく!
2006年07月10日
14:32
安斎利洋
>イデアを究極まで追求できたギリシャ哲学のようなものかな?

システムとコンテンツを分けるとか、プログラムとデータをわけるとか、そういう思考の根っこはプラトンかもしれませんね。

>商業臭が強すぎてなんか嫌な感じがするのはおっしゃるとおりですね

佐々木さんも、そう感じますか。表現活動にお金が結びつく回路は、大事なんですけれど、ジャーナリズムが利益と良心の板ばさみになるのと同じような構造は出てくるわけで、そういうときに、矛盾に立ち向かう覚悟や思想があるのかキミたちには、ってところが問われると思います。

アフィリエイトなんかも同じことで、個人がある商品をレコメンドしていると、彼にこれを言わせているのは文化なのかマネーなのか、って思わせるような人もたくさんいる。
2006年07月10日
14:36
安斎利洋
>+音楽大得意の幼少期。

小学校の図工軽視の話はよく聞くけれど、音楽もそうなんだろうね。台風がきたりして授業がつぶれると、まずまっさきに省略される科目だよね。

でも、小学校の音楽の授業って、つまらなかったなー。退屈だった記憶しかない。
2006年07月10日
15:19
びすけっと
こういうのこそPICSYの出番じゃないのかな.
2006年07月10日
15:27
大和田龍夫
今はITビジネスから離れているので、一言。
CGMって多分、ビジネスにならないということを分かっていて、
事業部制とか、プロジェクト単位の収支管理を強化するアメリカ型管理会計が徹底されていくなかで、四半期で収支が均衡しないモデルはIT企業が大好きなIPOなんかをする段階で、取りやめとなるようです。
2006年07月10日
16:08
中村理恵子
>でも、小学校の音楽の授業って、

1)山内先生っていう、超オペラ好き、鼓笛隊好きの熱血先生がいたんです。

2)近くの豚牧場を抜けて、獣道を抜けると宇宙船のような不思議なお屋敷があって、いいにおいのするきれーいな先生方がいたんですね。歌う人、弾く人、教える人がいてね。
音楽が好きだったというより、きれーな人たちのいるその空気が好きだったみたい。
音楽の技術は、かなり怪しいです。はい(笑)。

2006年07月10日
16:29
大和田龍夫
>小学校の図工軽視
私のいた板橋区立向原小学校は
図工室のストーブには日本酒が熱燗してありました。(本当)
多分、伊東先生は勤務中にも酒を呑んでいた。(推定)
授業の主なものは、陶芸、彫刻、針金細工など、絵は年に1回描いたかどうか・・・。
音楽の古井先生はアコーディオンを持って朝礼に出ていた。
5年の時に、木琴を作るという壮大な課題があって、
6年時にはそれで演奏をするということで一躍有名になった。
(その時には私は埼玉に転校していたので縁がなかった)
その図工の先生はそれ以降、
テニスをやるは、なんやかんやと、すごかったらしいです。
が、それから数年後に亡くなられました。

ピアノをやる人は気性の荒い人という偏見がいまだにあります。
(笑)
2006年07月10日
16:46
安斎利洋
大和田さんの話、面白ろすぎ。
こういうのがコンテンツの力だよね。

>CGMって多分、ビジネスにならないということを分かっていて、

http://suadd.com/blog/2006/07/mixi57000.html
「mixiの当期純利益=5億7000万円」
だそうです。

>こういうのこそPICSYの出番じゃないのかな.

ですね。picsyはCGMのことを考えていると思います。
2006年07月10日
19:33
大和田龍夫
他のCGMの方々は苦労しているみたいですね。
というのと、その世界に今更ポータルの方々も参入するわけにいかないし・・・。というところかと思います。

関心空間さんが今後どんな展開をするのか、
最近、取締役が古い知人と分かって
興味が沸いてきました。(でも連絡とっていませんが)
鈴木basuke陽介
すごいプログラマーです。
2006年07月10日
23:56
佐々木俊尚
安斎さん、でもね……僕が最近考えるのは、ジャーナリズム・文化と商業主義・マネーが一体になる可能性があるのかどうかということ。
かつてのオールドエコノミーの時代はともかくとして、Web2.0的なロングテール時代においては、実のところこれまでビジネスにならないと思われていたジャーナリズム/文化が、ロングテール的にある種のニーズをとらえうるのではないか。そしてもしとらえうるのであるとすれば、ジャーナリズム/文化が初めて金銭的価値を持ちうるあらたな時代が始まりつつあるのではないかということ。
2006年07月11日
00:33
安斎利洋
それはもう、まったく同感ですね。テールの方は多要素になるから、文化やジャーナリズムの多焦点の行動様式にぴったり合致しますから。

テールに熱烈な感心をもっている資本がどんどん出てくるといいと思うんだけど、でも実はテールつきのヘッドが欲しいだけの会社も多いですよね。おかしらつきの逆で、テールは飾り。

どうも最近、mixiが日記に検閲しはじめてから、疑い深くなって。
2006年07月11日
00:37
安斎利洋
誤字:感心→関心

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