安斎利洋の日記全体に公開

2004年09月17日
01:01
 多産系の絵画
ミントの話から万葉集に至って、実にイメージがふくらんだので、ついでにもうひとつ、多産系の絵画は?

見ているとじっとしていられなくなり、造形的思考の羅列がどんどん勝手に動き出し、そういう思考の運動があらかじめ仕組まれたような絵。その絵から別の絵を描かずにはいられなくなるような絵。ダヴィンチのモナリザか、はたまたボッティチェリのヴィーナスか。

実際ひとりの画家を猛烈に着火してしまったのは、ベラスケスの「宮廷の侍女たち」で、ピカソはこれにインスパイアされた絵のシリーズ66点を、半年くらいの間に量産した。「宮廷の侍女たち」は、画面のなかにたくさんの運動喚起の仕組が隠されていて、画面の中で目の思考がグルグル回ってしまう。

ピカソに火をつけたもうひとつの絵が、マネの「草上の食事」。僕は個人的に、こっちの絵のほうに思いが深い。

小学生のときに、なんでこのおねえさんだけ裸なのか、という不可解ループを植えつけられた。たぶん、大人が見ても同じ疑問のループに陥るのだ。ピカソは何枚もこのテーマで作品を描き、そのうち画家とモデルというテーマも重なって、いつのまにかもう一人の男が省略されたりしている。

じゃまだったんだと思う。
 

コメント    

2004年09月17日
01:24
安斎利洋
写真は、ピカソの「草上の昼食(マネによる)」のなかのひとつ。著作権は切れていません。自己責任で学術的に引用しています。
2004年09月17日
08:01
あ っ こ
多産系絵画という言葉からの瞬間的に結ばれたイメージは「イコン(聖図像)」です。同じテーマに永久的に向き合うエネルギーは人間のどこからやってくるのだろうと不思議にも思います。聖絵画(壁画やテンペラ)と範囲をひろげればミケランジェロやボッティチェリにまでたどり着く。ちなみにイコンとは英語的に読むとアイコンとなる、我々の聖なる道具にもその系譜は刻まれているといってもいいのかもしれません。この場合「見ずにはいられない」ものとして。

そしてやはり私の中で無視できないのが曼荼羅です。とくにチベット仏教の砂曼荼羅は多産系絵画の精神をある種の哲学の形にまでコンセントレートしているようにも思えます。
曼荼羅とはサンスクリット語で本質を現すもの「円」を意味します。チベット語では「キルコル」キルは中心をコルは回るを意味します。そしてこの人間の忍耐の極限を試すような技法を用いて描かれる「絵」は儀礼が終わると破壊され水にながされる運命にあるということがさらにさけ避けがたい連続を意味しているようにも思えます。

人が求める力のそれぞれの在りようが連続を生み育てると思うとピカソは自分の内的作業のなかですでに連続を意識していた形跡があります。

ゲルニカは制作過程で45枚に渡るエスキースの結果生まれました。その連続を変容する思考の軌跡として恋人に撮影記録させています。そして何と種絵になったものはゲルニカの町を撮った一枚の写真であったということです。
2004年09月17日
10:41
ユミ
安斎さんあそぼっ!
センパイ(中村理恵子)からお話だけはいっぱい聞いてて安斎さんに関しては耳年増です。一度センパイのケータイでテレビ電話したことがある。センパイの手作りジェノベーゼ食べながら、、、
なーんて、こんなに学術的な絵のお話に突然こぉーんな緩い参加。いいんでしょうか?
しかし、ピカソの創作力の原動力は結局はこどものあそびでしかないと思ってる。オトナが本気であそぶとこんなことも出来ちゃうってことですよね、、、でなきゃ、半年に66枚って、、、どーなの?3日で一枚ですよ!!
あ、センパイの100号絵日記もそれに近いかぁ、、、
ソンケーしちゃうな。
わたし?私は半年で一枚仕上げるのにやっとです。混合技法と言うテンペラと油彩を混ぜっこした異常に手間のかかる古典技法(15世紀くらいの描き方を基にしてる)を習ったことがあって身に付いたのは一枚の絵に時間をかける(すぎる)ことくらいだった。この辺の製作態度も緩い。
フランドル絵画のファンアイクは「神の子羊」を15年とか、かかって描いたとか聞いたことがあるような、、ダビンチもモナリザをはじめ未完の作品をたっぷり、かかえてたとか、、
いや、決して言い訳してるんじゃないんだけどさ、、(あ、みえみえ?っすか?)
ということで、よろしく!
2004年09月17日
12:14
中村理恵子
あ、なかむらです。センパイです。
センパイ補足にきました。
わたしは、かつてバスケットボールクラブ(14歳の頃)で、交配を、あ、後輩をびしばししごいており、その仲間とそのまま四半世紀の付き合い。世間は狭いもので、このMixiにもそのジモティネットが浸潤してまいった模様。ユミサンは、厳密に言えばその後輩のダチ。最近は、その後輩の母上までもが道端で、わたしをセンパイと呼ぶ始末。
完璧、地元でのハンドル名とかしております。
2004年09月17日
23:07
安斎利洋
なかむらさんは、誰のセンパイで、誰のコウハイだか、よくわからなくなってきた。誰の交配かっていえば、ご両親でしょうけれど。

ユミさん、テンペラと油の混合って、テンペラ油?
ってボケかましている場合ではなくて、水と油のわたりをつけていくやりかたですよね。油のうえにアクリルで描く感じなんだろうか。
2004年09月17日
23:13
安斎利洋
あっこさんは、本当に鋭いことを思いつく人だと思います。
イコノグラフィーは、簡単に言うと「この絵には何が描かれているのか」を探求する学問ですが、絵のアイコン性を「何が描かれているかという思考を喚起する力」だとすると、まさに多産的な絵というのは、アイコン的、イコン的だと思う。

この話もったいないんで、思いつきですが、このまま連画のコミュニティにトピックを立てて、移植しようかと思います。いいですよね。問題あったら、あとで修正しますので、言ってください。
2004年09月18日
00:21
安斎利洋
というわけで、続きはこちらで
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=123142

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